パロ設定
・加々見 恵(かがみ けい)男 20歳……A大絵画科の二年生。男にしか興味がない。
春とは幼馴染。シスコン。
勝手に『王子』と呼ばれている。
その理由は俊祐と一緒にいる為。
・永久 春 (ながひさはる)男 21歳……A大工芸科の三年生。恵の幼馴染。
恵の姉の美紀と付き合っている。
専攻外のことも何でもできる天才。
何かと恵のことを気にかけている。
・加々見美紀(かがみ みき)女 22歳……A大ピアノ科の四年生。恵の姉。
春と付き合っている。生まれつき体が弱い。
しっかり者。恵と似ている。
ブラコン。抜けているところが多々ある。
・哉家俊祐(かないえしゅんすけ)男 20歳…A大服飾科の二年生。恵の親友。
『服飾科の帝王』と呼ばれている。
高校から恵とは友達。『帝王ガールズ』という
取り巻きがいる。渚のことが好き。
・渚 隼人 (なぎさ はやと)男 28歳……A大絵画科の非常勤講師。
誰から見ても可愛いと言われる。
生徒に好かれる優しい先生。
・哉家 涼子(かないえりょうこ)女 22歳…A大演劇科の四年生。俊祐の姉。
美紀の友達。
『演劇科のプリマドンナ』と呼ばれる。
普段はサバサバしているが、舞台に立つと誰もが魅了される。
俊祐と二人で暮らしている。
・加々見哲平(かがみ てっぺい)男 8歳……小学二年生。恵の甥。稔の息子。
恵を慕っている。
・加々見 稔(かがみ みのる)男 33歳……サラリーマン。恵の兄。加々見家長男。
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第一章
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・A大裏庭
木の下で画板を顔に被せて眠っている恵
風が吹く
太陽の光が降り注ぎ、桜の花びらが散る
人の影が恵の上に重なる
美紀 「けーいちゃん」
画板を剥がす美紀
顔をしかめる恵
恵 「何、人の昼寝を邪魔するなー」
美紀 「あっちで渚先生が探してたよ?」
恵 「え〜?」
腕時計を見る
恵 「まだ授業中です」
美紀 「もー。授業中だから探してるんです。先生困らせちゃダメっ」
美紀の反対に寝返りを打つ
恵 「いーのっ」
美紀 「先生に言っちゃうよー」
恵 「いいよー。っつか何?探してただけ?」
美紀 「ううん。あのね、今日お兄ちゃん達ご飯食べに来るから皆で集まろうって。それで──」
恵 「春もくんの?」
美紀を見ないまま言う
美紀 「うん。だから恵ちゃんも早く帰って来てね」
恵 「……」
恵、立ち上がり服についた草を掃うと画板を持って歩き出す
美紀 「恵ちゃん?」
恵 「予定は未定です」
美紀、追いかける
美紀 「その未定の部分にお食事会を入れてください。ね?」
恵 「さぁねー」
歩いていく
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・校舎下
戻ってきた恵を見つける渚
渚 「あー!いたいた!どこで描いてたんだよったくー……」
恵 「なぁーに、先生俺がいなくて寂しかったの〜?」
渚に絡んで後ろから抱きつく
渚 「コラッ!ふざけてないで──」
恵の持っている画板を見る
真っ白で何も描いていない
渚 「って!何にも描いてないじゃないか!何してたんだッ!」
恵 「そんなに俺のことが気になるの?♡」
渚に顔を近づける恵
俊祐 「おいコラ恵!」
三階の廊下の窓から見下ろしている俊祐
恵 「やぁだ、帝王にこんなとこ見られちゃ殺されちゃう♡じゃあねせんせっ♡」
手をヒラヒラ振って校舎の入り口の方へ行く
渚 「君ねぇ……今度はちゃんと描けよー!」
恵 「はいは〜い」
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・三階廊下
飴を咥えて窓辺に立っている俊祐
恵 「あっれ〜?帝王ガールズは?」
俊祐 「てめぇ、それ以上言ったら殺すぞ」
恵 「ヤダ怖い。それちょーだい♡」
俊祐の口から飴の棒を引き抜いて食べる
俊祐 「誰がいいっつった?」
恵 「んじゃ返す」
一度舐めて渡す
俊祐 「いらねぇよ。何、機嫌悪いな」
恵 「ははっ、機嫌悪い?ハートマークつけて話しててどこが悪いって?」
笑いながら歩き出す
俊祐 「お口が笑っていませんわよ。ボク♡」
後ろから恵の頬をつねる
恵 「いだいいだい〜〜〜ッ!」
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・絵画科教室
俊祐 「はっ、お前のシスコンはいつんなったら治るんだ?」
大笑いしている俊祐
窓際に恵と二人で座っている
拗ねている恵
渚 「あの、君たち今授業中じゃないの……?」
渚、困っている
俊祐 「先生聞いてやってよ。こいつ姉ちゃんが家に彼氏連れてくるくらいで拗ねてんだよ?バカみたいじゃねぇ?」
恵 「別に拗ねてねぇよ…」
渚 「へぇ、加々見にも可愛いところあるんだ」
笑う渚
恵 「先生犯すよ?」
渚 「なっ!」
俊祐 「アホか。まっ、分からんでもないけどなー。
あんだけ綺麗で優しくて、弟思いの姉ちゃん。そりゃ一回くらいヤってみたいとか思うわな」
恵 「アホはお前だ!俺は別に姉ちゃんにそんなこと思ったことねぇっての!
っつか、俺はなんで今更家族で仲良く飯なんか食わなきゃいけないんだって思ってるだけで、
別にそんなんじゃねぇ」
窓の方を向いて外を見る
風が吹いて桜の花びらが舞っている
俊祐 「違うだろ。お前は美紀さんの相手が永久だから嫌なんだろ?」
恵の頭をポンポンを撫でる俊祐
恵 「違う」
俊祐 「そろそろ素直になったらどーなの?」
恵 「俺はいつだって素直だ!俺はあいつが嫌いなんだ!」
俊祐 「嫌い嫌いも──」
恵 「おい、帝王。マジで先生犯すぞ」
俊祐の胸倉を掴む
渚 「なんで俺っ!?」
俊祐 「まぁまぁ。飯くらい食えよなー。ガキじゃあるまいし。
何がそんなに気に食わないんだか」
恵 「何がって。何もかもだよ。存在自体が気に食わない」
窓の外を見る
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・玄関
恵、帰ってくる
哲平 「けいちゃ〜ん!」
哲平、恵を見つけて走ってくると抱きつく
恵 「おう、元気だったか?」
哲平 「うん!おかえり!もうご飯始まってるよー?」
哲平の頭を撫でる恵
恵 「ん、あぁ、いいんだよ俺食わ─」
春 「おかえり」
奥から出てくる春
恵 「……」
春 「今始めたところだよ。食べよう?」
微笑んでいる春
恵 「俺今から出かけるから」
哲平を放すと階段の方へ行く
春 「え?でも─…」
恵 「……」
黙って二階へ行ってしまう
哲平 「?」
春 「……」
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・玄関
靴を履いていると美紀が来る
美紀 「恵ちゃん、どこいくの?ご飯─」
恵 「バイト」
美紀 「…そっか、気をつけてね」
微笑む美紀
それを見るが何も言わずに出て行く恵
美紀 「……」
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・リビング
父、母、稔(兄)、稔の妻、哲平、春が鍋を囲んでいる
美紀、リビングに入ってくる
稔 「恵は?」
美紀 「これからバイトがあるからって」
稔 「またこんな時間からバイトしてるのかあいつ」
母 「ごめんなさいねぇ、挨拶もしないで…」
美紀、春の隣に座る
美紀 「……」
春 「どうしたの?」
美紀 「ううん。なんか、寂しいなって思って」
悲しげに微笑む美紀
春 「そうだね…」
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・バー
カウンターに立っている恵
オーナー「給料でないわよー。こんな水曜日なんかにだーれも来やしないんだから…」
隣でコップを拭いているオーナー
店の中はガラガラで誰もいない
恵 「いいよ別に」
オーナー「寂しい日にこんな所きちゃう羊さんでも狙ってるのかしら♡」
恵 「あーそれもいいかもなー…」
だれる恵
オーナー「何、ほんとに寂しいの?あんたにしては珍しいわね。なんならあたしが──」
ドアが開く
オーナー「あーら羊さんが来ちゃった〜?」
恵 「なッ!」
春 「どうも」
笑いながら恵の前に座る春
恵 「なんであんたが来るんだよ……」
春 「今日は休みじゃなかったっけ?」
恵 「……オーナーが忙しいからどうしても来て欲しいって!」
皮肉たっぷりに言う
春 「ははっ、ほんとに忙しそうだねー」
恵 「んだよ。俺帰る」
エプロンを脱いで出て行こうとする
が、恵の腕を取って引き止める
恵 「っ─…何」
春 「帰るんなら飲もうよ。おごるよ?」
オーナー「あーら、売り上げに貢献してくれるんなら嬉しいわぁ♡」
恵 「……」
春 「ね?」
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・バー
カウンターに座っている二人
恵 「……」
春 「……」
恵 「……」
春 「……」
痺れを切らす
恵 「鍋は!?」
春 「?美味しかったよ」
恵 「そうじゃなくて!抜けてきたのかって」
春 「恵ちゃん。もうこんな時間だよ?」
恵、時計を見る
もう夜中回っている
恵 「あ……そう」
顔を逸らす
春 「僕がいたから?」
一瞬驚く恵
恵 「……別に」
春 「だってせっかくてっちゃん来てるのに、出て行くなんて珍しいもんね。そんなに嫌?僕とご飯食べるの」
恵 「嫌って言ったらどうなの」
春 「うーん……悲しい、かな」
恵 「あっそう。嫌!」
春、目を見ていて微笑む
春 「そっか♡」
恵 「〜〜〜っ」
恵M 「小さい頃から傍に居たこいつは、所謂幼馴染で、大学に入った今でも付き合いがある。
三人兄弟の俺たちと、一人っ子のこいつ。遊ぶときはいつも一緒だった。
でもそんなのは歳を重ねる毎に変わっていくものだ。
歳の離れた兄貴にはもう八歳になる息子がいるし、それに決定的に変わってしまったことがある──」
恵 「どうせ姉ちゃんに連れて帰って来いって頼まれたんだろ」
春 「ううん。美紀は君がこんなとこで働いてることちっとも知らないもん」
恵 「……」
恵M 「少し前からこいつが姉ちゃんのことを呼び捨てで呼ぶようになった」
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・リビング(回想)
ソファで雑誌を見ている恵
美紀が帰ってくる
美紀 「恵ちゃん、早かったんだね。お母さんは?」
恵 「買い物じゃねー?俺も今帰って来たとこ」
美紀 「そっか」
何かソワソワしている美紀
恵 「なんかあったの?」
美紀 「えっ!?」
恵 「なんか落ち着きないよ?」
美紀 「け、恵ちゃんはするどいなぁ〜」
恵 「何、彼氏でもできた〜?」
雑誌に目を向けながら言う
美紀 「えぇ!?なんで分かっちゃうの!?」
恵 「え?マジで?」
美紀 「う…うん…」
照れている美紀
恵 「うっそ、誰?ピアノ科の奴?」
ソファの背もたれに寄りかかる
美紀 「ううん…あの……その…」
恵 「?俺の知ってる人?」
美紀 「うん…」
恵 「誰だよ?俺の知ってる奴ー…」
美紀 「……春くん…」
恵 「え……?」
驚く恵
恵M 「そしてこの時、俺は一人になったんだ」
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・自宅前
門に手を掛ける恵
恵 「じゃーな」
春 「恵ちゃん」
恵の手を取る
恵 「な、なにっ…」
春 「あんまり心配かけちゃだめだよ?」
恵 「っ!」
手を振り払う
恵 「うるせぇ」
家に入っていく恵
後姿を見送る春
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・トイレ
恵、生徒Aとキスをしながら生徒Aの前を触っている
生徒A「んっ……せんぱっい…誰か来ちゃ……あぁっ」
恵 「うーん…その前に終わらせよっか?♡」
生徒A「あぁっ……やだっ…♡」
戸口に立ってノックをする俊祐
俊祐 「来ちゃった♡」
生徒A「哉家さ……っあっ…」
恵 「今取り込み中ー♡」
俊祐 「さっさと終わらせろ猿」
呆れて出て行く
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・大教室
女子が固まっている
恵と俊祐が入ってくる
生徒B「あ〜ん、今日も美しいわねぇー」
生徒C「あたし帝王派ー」
生徒B「えぇ?王子じゃないの?」
生徒D「王子は女に手出さないわよ」
生徒B「分かってるけどー♡」
生徒D「っていうか、帝王は女を食い漁り、王子は男を食い漁り……。どうなってんのこの学校…」
生徒C「それでも美しいんだもん。目の保養よね♡」
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・大教室
机に伏せる恵
俊祐 「すっきりした後はお昼寝ですか」
恵 「すっきりしない…お前のせいだ……」
俊祐 「はぁ?やっぱりお前猿だろ。どんだけ出せば気が済むんだよ」
恵 「邪魔するからー……」
机に顎を乗せてだれる恵
恵の頭に手を乗せて髪をわしゃわしゃする俊祐
俊祐 「若いねー」
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・大教室
授業終了後、教室を出ようとすると
涼子が走ってくる
涼子 「よかった、いた!」
息を切らしている涼子
俊祐 「姉貴…なんだよ、どうした?」
涼子、恵の肩を掴む
恵 「?」
涼子 「美紀が倒れた!」
恵、一瞬険しい顔をする
恵 「どこ」
涼子 「医務室。あたし─」
恵、走っていく
涼子 「あたし永久くんとこ行くから!」
恵 「あぁ!ありがと!」
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・医務室
医務室に入る恵
保健医「?」
恵 「あの、加々見美紀は?」
保健医「あぁ、弟さんね。奥のベッドよ」
恵、頭を下げると奥へ行く
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・医務室
カーテンを開ける
ベッドに息苦しそうにしている美紀がいる
恵 「姉ちゃん、大丈夫か?」
美紀 「恵ちゃん。うん、いつもの発作……」
恵 「薬は?」
美紀 「それがロッカーの中で…」
恵、ため息をつくとポケットに手を突っ込む
恵 「俺の─」
春 「美紀」
春がカーテンを開ける
恵 「……」
春、美紀の傍に行く
春 「薬は?飲んだ?」
美紀 「ううん、まだ」
春 「これ飲んで」
春、ポケットからピルケースを出して美紀に渡す
美紀 「ごめんね。ありがとう」
恵 「……」
薬を飲む美紀を心配そうに見ている春
春の顔を見て安心して微笑む美紀
恵 「俺、俊祐待たせてるから行くわ」
出て行こうとする
美紀 「ごめんね恵ちゃん。もう大丈夫だから」
恵 「あぁ」
振り返らずに出て行く恵
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・廊下
誰もいない廊下を歩く恵
ポケットの中からピルケースを出すがすぐにしまって
煙草とジッポーを出す
恵 「……」
歩きながら煙草を咥えて火をつけようとするが火がつかない
恵 「……」
何度も試すがつかない
恵 「っ!」
ジッポーを思い切り床に投げ捨てる
誰もいない廊下に金属音が鳴り響き、
衝撃で壊れたジッポーが床に転がる
そのまま去っていく恵
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・自宅(回想)
幼い恵がキッチンにいる母のところへ来る
恵 「お母さん!姉ちゃんの薬ちょうだい!」
母 「薬?どうするの?」
恵 「この中に入れて俺も持っておくんだ。なんかあった時俺が姉ちゃん助けられるだろ?」
シルバーのピルケースを見せる恵
母 「そうね。恵は優しいね」
頭を撫でる母
笑う恵
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・自室
ベッドに寝そべっている恵
机の上に無造作に置かれたシルバーのピルケース
蓋に「KEI」と彫られている
少年 『これは恵ちゃんの。これは僕の』
寝返りを打って机の上にあるピルケースを見る
恵 「……」
携帯が鳴る
画面を見ると俊祐からの電話
恵 「はい」
俊祐 『今いい?』
恵 「あぁ、何?」
俊祐 『姉ちゃん大丈夫だったのか?』
恵 「うん。いつもの発作」
俊祐 『そうか』
恵 「それだけ?」
俊祐 『いや、今から俺んちこれねぇ?』
恵 「いいよ」
ベッドから立ち上がる
恵 「うん。あぁ、分かった。じゃあ後で」
机の上からピルケースを取ってポケットに入れる
部屋を出る
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・俊祐宅
ドアを開く涼子
涼子 「きたきたー。どうぞ」
恵 「なんだ、いたの。お邪魔します」
中に入り靴を脱ぐ恵
涼子 「いたのってここはあたしの家でもあるのよ」
恵 「あー、そうだった」
中に入っていく
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・リビング
俊祐、メジャーを持って恵の体を計っている
恵、上半身裸で立っている
ソファに座ってスルメをかじりながらそれを見ている涼子
涼子 「あたしも出たかったなぁ〜、ファッションショー」
俊祐 「賞金4割とか言い出す奴にやらせるかよ」
涼子 「え〜、妥当でしょうよ。恵はいくらなわけ?」
恵 「3って言いたいところの2」
涼子 「はぁー、良くそんなで出る気になったわね…」
俊祐 「恵は注目されたいだけだもんなー?」
恵 「こんなもん出なくても俺は注目されてんだよ」
笑う
涼子 「いやなガキねー。この『演劇科のプリマドンナ』に任せてればそれだけで優勝間違いなしなのに♡」
俊祐 「よくそんな恥ずかしいこと言えるな」
涼子 「あたしは『服飾科の帝王』の方がかっこよくていいと思うけど♡」
俊祐 「言ってろ」
呆れる
笑う恵と涼子
涼子 「ん?」
涼子、恵の脱ぎ捨てた服のポケットからピルケースが出ているのを見つけ
拾い上げる
涼子 「何これ?」
恵 「あぁ、ピルケース」
涼子 「名前入りじゃん。手作り?」
俊祐 「愛しの春くんの手作りだよな」
恵 「誰が愛しいって?」
俊祐を睨む
涼子 「へぇ…。すっごい年季入ってんね」
恵 「ガキん時から持ってるから」
涼子 「さすが天才くん。昔からこんなこと出来てたんだー」
春 『これは恵ちゃんの。これは僕の。二人でお姉ちゃんを守ってあげようね』
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・自室(回想)
春 「恵ちゃん。これあげる」
ピルケースを渡す春
恵 「何これ?」
春 「お薬を入れるんだよ。お姉ちゃんのお薬持ってて、何かあった時に助けてあげるの」
恵 「俺の名前が入ってる!」
恵、喜ぶ
春 「うん。僕とお揃い」
笑う春
恵 「お揃い?春と俺だけ?」
春 「うん。恵ちゃんと僕だけ。世界に二つしかないんだよ」
恵 「ホント!?ありがとう!」
春 「これは恵ちゃんの。これは僕の。二人でお姉ちゃんを守ってあげようね」
恵 「うん!」
笑い合う二人
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・玄関前
門を開けると玄関から春が出てくる
春 「恵ちゃん。おかえりなさい」
恵 「……」
春 「…どこいってたの?」
恵 「別にどこだっていいだろ」
恵、春を避けて玄関の方へ行く
すれ違い様にポケットからピルケースが落ちる
アルミの音が響く
それを拾い上げる春
春 「まだ持っててくれたんだ」
恵 「っ!」
奪い取る
春 「恵ちゃ──」
恵、何も言わずに家の中に入ってしまう
春 「……」
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・玄関
ドアに背をつけてピルケースを握り締めたまま俯く恵
恵 「……持ってちゃ悪ぃかよ……」
そのまましゃがみこんでため息をつく
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・教室
机の上でシルバーのピルケースから
プラスチックのピルケースに薬を入れ替えている恵
俊祐がそこにくる
俊祐 「何してんの?」
隣に座る
恵 「新しいのに変えんの」
俊祐 「え?なんで?それお前──」
恵 「古いし汚いし」
いいながら立ち上がって教室の隅にあるごみ箱に
シルバーのピルケースを捨てる恵
俊祐 「おい!いいのかよ!?」
恵 「別にいいだろ。俺のなんだからどうしたって」
俊祐 「恵……」
机に頬杖を付く恵
ごみ箱を気にする俊祐
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・絵画科教室
渚が奥から出てくる
教室の前で下に布を敷いてその上に長襦袢を着た恵が立っている
裾を直している俊祐
渚 「……」
渚、恵に見惚れる
恵 「あ!せーんせっ♡」
俊祐 「先生、早く閉めて」
渚 「あ、あぁ。ごめん」
急いで扉を閉める
恵 「ふふふーん♡どう?脱がせたくなった?」
渚 「ぬ、脱がす!?」
恵 「ハハッ。俺ちょっと似合いすぎててやばくない?」
渚 「うん。すごいね。やっぱり加々見は綺麗なんだなー」
俊祐 「先生そんなこと言ってると掘られるよ」
渚 「え!?」
恵 「やだなぁ、やきもちやいちゃって♡」
俊祐をおちょくる恵
俊祐 「そんなに刺して欲しいか?」
針を持って笑う俊祐
恵 「先生助けて〜♡」
渚 「や、あの……」
俊祐 「ちょっと黙ってろ」
俊祐、恵を見る
恵 「む〜〜〜」
膨れる恵
渚 「これで完成?」
俊祐 「まさか。まだ着物があるよ」
笑う俊祐
渚 「そうだよな…って、本番ってあと五日だろ!?間に合うのか!?」
俊祐 「さぁ?」
渚 「さぁって…大丈夫なのかよ……」
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・絵画科教室
恵 「俺バイトだから先帰るわ」
俊祐 「あぁ、また呼び出すかもしんねぇけどそん時はよろしく」
恵 「おう、分かった。じゃ」
恵、去っていく
俊祐、床に敷いてあった布を片付ける
渚が奥から出てくる
渚 「あれ?加々見もう帰ったのか?」
俊祐 「ん、バイトだって」
渚 「そうか。それにしてもあいつはいつも元気だな」
笑う渚
俊祐 「そう見える?」
渚 「え?」
俊祐 「あいつ最近ずっと空回りしてるよ」
渚 「そう…か?」
俊祐 「うん」
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・バー裏
暗い店の裏の路地
壁際で恵と客がキスをしている
客 「っ……ん…恵ちゃん…」
恵 「ん?」
客 「今日…っ…ん…この後──」
オーナー「恵」
店の裏口を開けて呆れた声を出す
恵 「なに?」
オーナー「何じゃないわよ。ご指名よ」
恵 「はぁ。ごめんね、あとでまた連絡するから」
キスをする
客 「うん♡」
店の中に入っていく
オーナー「また可愛いのとっ捕まえてるわねぇ。あたしにも回しなさいよ」
恵 「やーだね」
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・バー
店に出てくるとカウンターに座っている春を見つける
恵 「……」
オーナー「ご指名よ。仕事しなさい」
恵 「くそっ…」
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・バー
恵、春の前に立つ
春 「邪魔しちゃった?」
笑う春
恵 「分かってるなら呼ぶなよ。何」
春 「これ」
春、テーブルにジッポーを置く
恵 「……なんであんたが持ってんだよ…」
春 「壊れてたけど、ちゃんと直したから」
火をつける春
恵 「別にもういらないんだけど」
春 「でもずっと持ってた物でしょ?」
恵、ため息をついて受け取る
それを見て微笑む春
春 「ピルケースは?」
恵 「え?」
恵、驚く
春 「この間落とした時、へこんでたでしょう?
あれアルミだからさ。直してあげるよ」
恵 「いい……」
春 「でも──」
恵 「いいって言ってんだろ…」
恵、目を合わせない
春 「そう……」
恵 「……」
春、グラスを持つ
春 「でも嬉しかったな。もう十年以上経つのに使っててくれてて」
微笑む春
恵 「……」
春 「初めてちゃんと作れた物だったんだ。それに恵ちゃんあの時すごく喜んでくれてさ。覚えてる?」
恵 「……覚えてない」
手をぎゅっと握る恵
春 「…そっか…。でも僕嬉し──」
恵 「もういいだろその話は!」
驚く春
春 「恵ちゃん?」
恵 「うるさいな!もう持ってねぇよ!あんなもん!」
春 「え…?」
恵 「古いし汚いし、捨てたんだよッ!」
春 「…そう、だよね…。もう古いし、じゃあ新しいの作るよ僕」
恵 「要らない!」
周りの客が二人を見る
オーナー「ちょっと恵」
恵 「っ──」
恵、店の奥に行ってしまう
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・街
路地から出てきたところで追いかけて店を出た春と鉢合わせる
が、すり抜けて逃げる恵
しばらくすると春が追いついて恵の腕を掴む
恵 「離せよッ!!」
春 「待って…はぁっ、はぁっ…」
恵 「んだよッ!?あんたには関係ないだろ!」
春 「あるよ!」
恵、春の声に一瞬怯む
春 「どうしてそんなに僕のこと避けようとするの…」
恵 「……」
春 「僕のこと、そんなに嫌い…?」
顔を見ると悲しげな表情をしている春
恵 「嫌いだ……」
春 「恵ちゃん…」
恵 「大っ嫌いだッ!」
手を振り払って走り去る恵
春 「恵ちゃん……」
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・街(回想)
泣きながら歩いている幼い恵
恵 「ぅっ……ぅぇ……」
両手で涙を拭きながら歩いている
春 「恵ちゃん!」
後ろから春が走ってくる
振り向く
恵 「春……ぅぅっ…」
春、恵の頭を撫でる
春 「恵ちゃん。どうしたの?どこか痛いの?」
首を振る
春 「じゃあ誰かに何か言われたの?」
首を振る
春 「叱られた?」
首を振る
春 「うーん……。僕じゃどうにかしてあげられない?」
春に抱きつく恵
春 「恵ちゃん」
恵 「お母さんも、お兄ちゃんもお父さんも、皆お姉ちゃんのとこにいるんだ…
俺が話しかけても皆お姉ちゃんばっかりで…でもお姉ちゃん病気だから仕方ないんだ…
俺一人で遊べるんだよ……でも一人はやだよ……」
春に顔を埋めて泣く恵
恵の頭を撫でてあげる春
春 「偉いね恵ちゃん。ずっと我慢してたんだね。でも大丈夫だよ。今からずっと僕が恵ちゃんの傍にいるから」
恵 「ほんとに?」
恵、顔を上げる
春 「うん。ずっとずっと僕が傍にいるよ。だから恵ちゃん寂しくないよ。ね?」
恵 「うん。春がいれば寂しくない」
笑う恵
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・自室(回想)
ノックされる
恵 「はい」
ドアが開かれると春がいる
恵 「春……」
春 「恵ちゃん。あの…」
恵 「姉ちゃんなら今いないぞ」
春 「もう聞いた…?」
恵 「……あぁ。なに、報告でもしようと思ってきたのかよ」
春 「うーんと…うん、一応。その、大切にするから」
恵、春を見る
微笑んでいる春
恵M 「嘘つき──」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・街
恵、泣きながら誰もいない夜の路地を歩いている
恵M 「嘘つき。嘘つき…」
春 『ずっとずっと僕が傍にいるよ』
恵M 「傍にいるって言ったくせに……」
春 『だから恵ちゃん寂しくないよ』
恵M 「寂しくないって言ったくせに……」
恵 「嘘つき……」
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・俊祐宅
ソファに座ってテレビを見ている恵
涼子が帰ってくる
涼子 「けーい」
恵 「なに」
涼子 「美紀があんた探してるわよ」
恵 「言ったのかよ」
涼子 「言わないわよ。言ってどうなるの?」
恵 「あっそ、ならいい」
涼子 「いつまで家出してるつもり?別にいいけどさー、家族に心配かけんのはどうかと思うよ。
姉の立場から言わせてもらうと」
恵 「うん」
涼子、ため息をつく
風呂場から俊祐が出てくる
俊祐 「あぁ、おかえり」
涼子 「ただいま。あんたも恵には甘いわねー」
涼子、冷蔵庫を開ける
俊祐 「俺はショーにさえ出てくれればそれでいいんだよ。出るんだよな?」
恵 「出るよ」
涼子 「んまっ、明日はガッコ行くってことかっ」
恵 「…金できたら出て行くよ」
涼子、俊祐二人同時にため息をつき、顔を見合わせる
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・大ホール
服飾科のファッションコンテストが始まる
ランウェイの前にいる涼子と美紀
美紀 「恵ちゃん来てた?」
心配そうに言う
涼子 「いたいた。大丈夫だって。あいつももう子供じゃないんだしさ。美紀は心配しすぎっ」
美紀 「だって…恵ちゃん何も言わずにいなくなることなんか無かったんだよ?」
涼子 「これだからブラコンは……」
美紀 「もー涼子ちゃん」
涼子 「ホラ、しっかり見ておかないと可愛い恵ちゃん見逃すよー?」
美紀 「え!?もう出てくるの!?」
涼子 「まだだけど」
美紀 「もーう」
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・大ホール
照明が暗くなり、ランウェイの上だけが
ピンクの淡い照明で照らされる
司会 「続いてはエントリーナンバー二十八。哉家俊祐。タイトルは、桜花」
恵が姿を現すと会場が沸きあがり、ランウェイを歩き始めると静まり返る
涼子 「うそ…あれほんとに恵…?」
美紀、言葉を無くしている
白地に桜の花びらを思わせるピンクの染色が施された着物を着ている恵
裾は一メートルほど長く、それを引き摺って歩いている
襟元は背中を大きく見せていて、足元は肌蹴るようになり、
足が歩くたびに見える。裸足。
黒髪のロングヘアで少し乱れたポニーテール
とても男には見えない
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・大ホール
ランウェイを歩いている恵
恵M 「照明に照らされて、どれくらいの人がいるのかなんて分からない」
ランウェイの先まで行き、止まる
その先を見据える
恵M 「それなのになんであんたは見つけられるんだよ」
遠くで春が悲しい顔をしてこちらを見ている
恵M 「なんでそんな顔するんだ」
恵M 「泣きたいのはこっちなのに──」
恵、自然と涙がこぼれる
その瞬間会場が沸く
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・大ホール
グランプリのトロフィーを持っている俊祐
その隣に立っている恵
インタビューを受けている
恵M 「もう一度舞台に立ってもあいつの姿は見つけられなかった。相変わらずなにも見えない」
恵M 「思えばずっとあいつしか見てなかった。見たこともない綺麗な顔と、優しい言葉。
春がいたから俺は一人じゃないと思えてた」
恵M 「いつでも笑って俺の傍に居た。左手はずっとあいつが握っていてくれた。
春はずっと俺の傍に居てくれるんだと思ってた」
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・控え教室
着替え終わると急に教室を飛び出していく恵
恵M 「いつから俺の隣からいなくなったんだろう。いつの間にか、気づかないうちに、そっといなくなった。
俺はもう一人でも大丈夫だって思ったのか?」
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・廊下
涼子と美紀が前から来る
声をかけられるが耳に入らずそのまま走り抜ける
恵M 「お揃いのピルケースの意味は、俺だけが馬鹿みたいに勘違いしてただけだった。
あいつはあのころからずっと姉ちゃんのためだけを思ってたんだ。
俺は大切な人の弟だから。だからずっと傍に居てくれた」
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・大教室
誰もいない教室の奥にあるごみ箱の傍に行く
恵M 「でも違う。俺はもう物心ついた時からあいつがいないと駄目だった。
俺にとっての世界に二つは、何よりも嬉しいことだった」
ごみ箱の中を漁る恵
恵M 「あのピルケースさえ持ってれば、まだあいつは俺の傍にいてくれると思ってた。
あれは俺しか持っていない。姉ちゃんにはない、俺が唯一持っていた春との繋がりだったんだ」
中を探るが見つからない
涙が落ちる
恵M 「俺はずっと叶わない恋をしてた」
恵 「ぅっ……っ…」
足音が近づいてくる
俊祐 「お姫様がごみ漁りとは…」
恵、振り返る
恵 「しゅん…すけ……」
俊祐 「あなたが探していたのはこのピルケースですか?姫」
俊祐、ピルケースを出す
恵 「なんで……」
驚く恵
しゃがみこんで差し出す俊祐
俊祐 「拾っておいてやったんだ。感謝しろよ」
微笑む俊祐
思わず抱きつく恵
俊祐 「そんな顔して探すくらいなら最初から捨てたりなんかすんな」
頭を撫でてやる
恵 「俺……もう駄目だ…」
俊祐 「んー?」
恵 「春が好き…」
俊祐 「知ってるよ」
恵 「他の奴なんか好きになれない…」
俊祐 「うん」
恵 「俺この先ずっと一人ぼっちだ……」
俊祐 「……」
ぎゅっと抱きしめる
俊祐 「寂しかったら俺んとこ来いよ。
俺はお前を愛してやれないけど、傍に居てやることくらいいくらでもしてやる。
お前の我侭くらいいくらでも聞いてやるからさ。一人ぼっちだなんて思うな」
恵 「俊祐…」
俊祐 「いつかあいつよりいい奴がきっとお前を迎えに来るよ。こんな可愛い奴、ずっと一人でなんかいるわけねぇ」
恵 「…春じゃないとやだ……」
俊祐 「ははっ」
恵 「なんで姉ちゃんなんだろう……」
俊祐 「姉ちゃんじゃなかったらどうしてた?」
恵 「どんな汚い真似してでも奪い取る…」
俊祐 「だろーな」
笑う
恵 「これ……」
俊祐から離れてピルケースを触る
恵 「捨てたって言ったら、あいつすっげぇ悲しい顔してんの」
俊祐 「……」
恵 「古くなったから捨てたんだって信じてさ、じゃあ新しいの作るとか言うんだぜ?馬鹿みたいで……」
また涙が出る
恵 「ざまぁみろって思いたくても、あいつのあんな顔見てたら思えなかった。
好きになってもくれないくせに、何でそんなに俺に構うんだって」
少し笑う
恵 「俺あいつに嫌いだって言ったんだ。
ほんとにそれで嫌いになれればよかった」
俊祐 「……」
恵 「今日、あいつ一番後ろで俺のこと見てたよ。
泣きたいのはこっちなのに、今にも泣きそうな顔して俺のことずっと見てた」
俊祐 「だから泣いたのか」
恵 「泣いてねぇよ」
俊祐 「あーそう」
呆れる
恵 「ふふっ、今まで傷つけられた分。告ってでもして困らせてやろうかな」
笑いながら、立ち上がる
俊祐 「あぁ」
笑う
恵、歩き出す
その隣を歩く俊祐
俊祐 「……」
恵 「なに」
俊祐 「慰めてやろうか?」
恵 「入れてもいいんなら」
俊祐 「それは嫌」
恵 「ハハハッ」
笑いながら歩く二人
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・アトリエ
春、一人で椅子に座り、何をするわけでもなく
窓から見える枯葉が散っていく木を見ている
恵 「あ、いた」
恵、アトリエの戸口から顔を出すと
中に入ってきて春の前に立つ
春 「恵ちゃん……」
驚いている春
春 「あ、あの、おめでとう。綺麗だったよ」
微笑む春
その頬を両手で摘む
春 「け、恵ちゃん?」
恵 「春でもそんな顔すんだ」
笑う
春 「え?」
恵 「バーカ。笑えてねぇよ」
春 「……」
悲しげな顔をする春
恵 「これ」
ピルケースを出す
それを見て驚く春
恵 「へこんでるから直して」
春 「これ……捨てたって…」
恵 「あんたがどうしても俺に持ってて欲しいらしいから仕方なくまだ使ってやるよ」
笑っている恵を見て微笑む春
春 「うん。ありがとう」
恵 「……」
春 「すぐできるから」
嬉しそうにしている春
恵 「あぁ、いつでもいいよ」
工具を取りに行く春の後姿を見る
恵M 「あんたは俺に意地悪なんだ。嫌いになんか絶対なれない」
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・自宅
帰って来て玄関で靴を脱ぐ恵
恵 「ただいまー」
その声を聞いてリビングから声がする
美紀 「帰って来た!」
リビングの戸が開く
母 「きゃー!お姫様が帰って来たわよ!」
恵 「はぁ?」
美紀 「恵ちゃん早く早く!」
恵の手を引いていく美紀と母
恵 「何」
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・リビング
リビングに引き入れられる
稔 「よぉー、お前すごいな」
哲平 「恵ちゃん可愛い〜!」
テーブルの上に広げられたショーの写真
それを見て額に手を当ててため息をつく恵
恵 「なにしてんの」
美紀 「何ってもう私皆に自慢しちゃったよ〜!」
母 「私も生で見たかったわぁ。恵すっごく綺麗ねぇ…」
恵 「馬鹿じゃねぇの」
照れている恵
美紀 「もー、どうして?私恵ちゃんには勝てないよ〜」
微笑んで恵の写真を見ている美紀
恵 「……何言ってんだよ。俺も姉ちゃんには勝てねぇよ」
笑う
美紀 「やーだ!恵ちゃんったら!ねぇお母さん。この写真大きくして飾ろうよ」
母 「そうね、そうしましょっ。早くお父さん帰って来ないかしら」
恵 「なっ!やめろ!絶対そんなことすんなよ!」
美紀 「えぇ?どうして?配って歩きたいほどなのに〜」
恵 「ほんと馬鹿……」
呆れてリビングを出て行く恵
美紀 「恵ちゃん!」
振り返る
恵 「ん?」
美紀 「今日はバイトある日?私ご馳走作るから、お祝いしよう?」
恵、鼻でため息をつき、笑う
恵 「うん。着替えてくる」
その言葉を聞いて喜ぶ美紀
美紀 「恵ちゃんの好きなもの沢山作るね!」
恵 「あー、楽しみにしてるよ」
言いながら階段を上がる
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・A大裏庭
恵、座って塀に寄りかかり絵を描いている
渚が来る
渚 「やっぱりここにいた」
恵 「今日はサボってないよー」
渚、絵を見る
渚 「加々見は綺麗な絵を描くね」
隣にしゃがみこむ渚
恵 「今日は褒めなくてもサボらないから安心してよ」
照れる恵
渚 「お世辞じゃないよ。初めて見たときから俺君の絵が好きだったよ」
笑う渚
恵、渚を見る
渚 「?」
恵 「俊祐がいなかったらなぁ」
また絵を描き始める恵
渚 「哉家?どうして彼が?」
恵 「ははっ、先生って鈍いの?」
渚 「どういう…」
困っている渚
恵 「先生さ、俺が先生のこと好きって言ったらどうする?」
渚 「君が好きなのは永久だろ?」
恵 「そうだよ。でもこれは一生叶わない恋なんだ」
渚 「一生…か。君は一生とか、永遠とかあると思う?」
恵 「えー?なにそれ」
渚 「ずっと変わらないものってあるのかなって。俺はそう思うよ」
恵 「……。先生ってそんなこと考えるんだ」
渚 「おかしいか?」
恵 「いや?そういうわけじゃないけど。なんか先生はもっとこう、なんというか…」
渚 「夢見たいなこと信じてると思ってた?」
笑う
恵 「そうかな。うん。なんか。見た目が可愛いし♡」
渚 「ははっ、なんだよそれ。哉家とはもう長いのか?」
恵 「うん。高校から一緒」
渚 「そうか。彼は君のことよく分かってるよ。こんなこと言ったらきっと怒られるだろうけど
凄く心配してたよ。君のこと」
恵 「うん。昔からそう。俺あいつのこと頼ってばっかなんだよな」
渚 「彼のことは、あー、その、好きになったりしないのか?」
恵、噴出す
恵 「あいつを!?ないない!だってあいつ入れさせてくれないし!」
渚 「えぇ!?」
いろんな意味で驚いている渚
恵 「それにあいつ好きな奴いるもん。あいつと俺はただの親友」
渚 「そうか…」
恵 「俊祐のこと気になるの?」
渚 「え?いや、別にそういうわけじゃあ」
渚、本当になんでもない顔をする
恵 「……。あ、俺なんかすっげぇ可哀想になってきた…」
渚 「?」
恵 「いや、今度はあいつを支えてやるべきなんだって分かったよ」
遠い目をする恵
渚 「?なんだか良くわからないけど…。まぁさ。俺は一生とか、永遠とかそいうのは
どうにかなってしまうことだってあると思うよ。
こんなこと言うと冷たい奴だなって思われるかもしれないけど、
生きてれば何かしら問題って起きるものなんだ。
君の先だってどうなるか分からないじゃないか」
恵 「うん。そうかもしれない…」
渚 「でも君がお姉さんを思う気持ちも分かるよ。加々見は凄く優しいよね」
恵 「先生までシスコンとか言うつもり?」
渚 「はははっ、言わないよ。君の優しさはいつか実を結ぶよ。それに絵に出てる。
だから俺は君の絵が好きだな」
恵 「先生そんな褒めると俺チューしちゃうよ♡」
立ち上がる渚
渚 「される前に戻るよ」
笑いながら去っていく
恵 「ハハハッ。先生!」
渚 「ん?」
恵 「ありがとう」
渚 「あぁ、頑張れ」
恵、手を振る
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・廊下
俊祐、教室から出てくる
恵 「は〜い♡」
俊祐 「なんだ気持ち悪ぃ」
恵、俊祐の肩を抱く
恵 「飯食い行こうぜ!おごるからっ」
俊祐 「なんだ?また泣き言か?」
恵 「違ぇよ。迷惑かけたお詫び♡」
俊祐 「別にいいよ。いい加減お前の世話も慣れた」
恵 「なんだよ。俺と飯食いたくないわけ?」
俊祐 「はいはい。行きますよ」
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・居酒屋
座敷で飲んでいる
俊祐 「先生が?」
恵 「うん。だから先生に一生大事にするだの、永遠に愛し続けるよ♡だの
言ってもきっと落ちないよ?」
俊祐 「はははっ、言わねぇし、それに先生らしいじゃん」
飲む
恵 「そうかー?俺ビックリしちゃった」
俊祐 「そう思ってるのもあると思うよ。あの人見た目よりもすげぇ大人だからな。
んでも半分以上はお前を励まそうとして言ったんだよ」
恵 「え?」
俊祐 「言っとくけどな。お前の知らないところで俺は動いてるわけ。
お前の知らねぇ先生なんか山ほど知ってんだよ」
笑う
恵 「……やったの?」
俊祐 「さぁ?」
恵 「うそ!?」
ガタンと机を揺らす
俊祐 「ははっ。先生そんなこと言ったか知らねぇけど、ほんとは凄いロマンチストなんだからな」
恵 「へぇ……。でもそんな風には見えなかったな…。演技?」
俊祐 「お前俺の話聞いてる?」
恵 「え?あぁ、良かったの?」
俊祐 「はぁ、お前はやることしか頭にねぇのか……」
恵 「だって気になるじゃん」
俊祐 「馬鹿」
呆れる
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第二章
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・街
家の前の道を歩いてくる恵
雪が降ってくる
空を見上げる
恵 「さぶっ……」
門を開けて家に入っていく
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・リビング
恵 「ただいま」
リビングの戸を開けて入ってくる恵
母 「あら、おかえりなさい」
恵 「雪降ってきたよ雪」
母 「あら、ホント?」
ソワソワしている母
恵 「なんかあったの?」
母 「ふふっ、それがね、すっごくおめでたいことがあるのよっ」
恵 「へぇ。何。哲平の弟でも生まれるのー?」
机に置いてあった郵便物を見ながら言う
母 「それもいいけど、あのね。お姉ちゃん、春くんと結婚することになったって♡」
恵 「え?」
動きを止める恵
母 「それだけじゃないのよ?赤ちゃんがいるんですって!」
恵 「……」
母 「お姉ちゃん、体が弱いでしょう。子供もね、もしかしたら無理じゃないかって言われてたのよ。
でも神様ってやっぱりいるのかしら?お姉ちゃん頑張るって。ほんとに良かったわ。
春くんもあんなにいい子なんですもの。お母さん嬉しくて嬉しくて」
恵 「……」
母 「恵?」
恵 「え?あぁ……良かったな…」
母 「お姉ちゃん、帰ってきたらおめでとうって言ってあげてね」
恵 「……うん」
恵、リビングを出て行く
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・街
家を飛び出していく恵
雪が降っている
春 「恵ちゃん…?」
丁度それを見ていた春
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・街
雪の降る繁華街を一人、傘も差さずに歩いている恵
恵M 「神様なんかいない」
店先からジングルベルが聞こえてくる
恵M 「先生。永遠はやっぱりあるよ。春はこの先姉ちゃんと生まれてくる子供と幸せに暮らすんだ。
それはどんなに幸せなおとぎ話よりもずっとリアルな永遠なんだ。春はそういう人だから」
恵M 「この先ずっと、俺の思いは実らないまま消えることはない」
恵、男Aとぶつかる
しかし何も言わずに行こうとする恵
恵の肩を掴む男A
男A 「おい、一言なんとか…って恵じゃん」
恵 「?誰だよ…」
男A 「俺のこと忘れたの?一緒に遊んだことあるじゃーん」
ニヤニヤ笑う男A
恵 「はぁ?ごめん。記憶にないわ」
行こうとする
男A 「ちょっと待てって。なに、ご機嫌斜めなの?」
恵 「うるせぇ。離せよ」
男A 「いいじゃん。遊ぼうぜ。俺今からいいとこ行くんだけど」
恵 「?」
男A、耳元で囁く
男A 「憂さ晴らしにはいいと思うぜ」
恵、男Aの顔を疑わしげに見る
男A 「ま、強要はしねぇよ。じゃあな」
去っていく男A
恵 「おい、待てよ」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・クラブ
地下へ続く階段を下りてドアを開く
中に入っていく二人
人が賑わっている中をすり抜けて奥の扉を開く
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・個室
中に入ると十畳程の部屋にソファが置いてあり
暗い照明の中に十五人ほど人がいる
男A 「適当に遊んでろ」
恵 「あぁ…」
人を見回すと声をかけてくる幼い男B
男B 「あー!恵ちゃんじゃーん!」
恵 「?」
男B 「こっち来て!」
差し出す手に引かれ隣に座る
男B 「僕のこと覚えてない?」
恵 「ごめん、覚えてない」
男B 「えぇ?ひどいなぁ。でも今日は覚えて帰ってね?」
恵 「さぁ、どうだろ」
男B 「あれぇ?なんかご機嫌斜めだね。何かあったの?」
恵 「別に。クソ寒いから機嫌悪いだけ」
恵、ポケットから煙草を出して咥える
火をつけようとするとジッポーを見て動きを止める
恵 「……」
すると男がライターを出して火をつける
恵 「ここで何してんの?」
ふかす
男B 「もうすぐ楽しいことが始まるんだよ〜♡」
恵 「へぇ。何」
男B 「始まるまで秘密♡ねぇ、それまでさ、暖かくしてあげようか?」
男B、恵の煙草を取ってキスをする
恵 「可愛いね。お前」
男B 「よく言われる♡」
キスをする二人
それを見ている男Aと数名
何か話している
恵は気づいていない
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・個室
恵の膝の上に乗ってキスをしている男B
突然ドアが開いて男Cと男Dが入ってくる
男Cが男Dを中央にあるテーブルの上へ突き飛ばす
置いてあったグラスが落ちる
恵 「?」
男B 「やーん、恵ちゃん。もっと♡」
男C、男Dの頭を掴む
男C 「はーい!一番だーれだっ!」
笑いながら大声をあげる男C
ゲラゲラ笑いながら手を上げる周辺の男達
男C 「まっ、誰でもいいや。適当にやっちゃって。もう出来上がってるから♡」
笑いながら男Dに群がる男達
恵、それを見て不審な顔をする
恵 「何してんのあれ」
男B 「えぇ?見てわかるでしょ?遊んでるの」
恵 「はぁ?あいつは?」
男B 「あぁ、大丈夫。魔法でいい気分になっちゃってるから♡」
恵 「あぁ、そういうこと。どけ。俺こういうのに興味ない」
恵、男Bをどかせると部屋を出て行こうとする
しかし手を捕まえられる
男B 「だめだよ〜。次は恵ちゃんだから♡」
恵 「はぁ?何言って──」
男Aが来る
男A 「な〜に、帰っちゃうの〜?」
恵 「ふざけんなよ。どけ」
男A 「あっそ、そんなに早くして欲しいんなら一緒にやってやるよ」
恵の腕を取る男A
恵 「触んなッ!」
その瞬間に男Aの顔を殴って個室を出る恵
男A 「クソッおい!捕まえろ!」
男五人が追いかける
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・クラブ
人を掻き分けて走り抜ける恵
後を追いかけてくる男達
階段を駆け上がる
恵 「最悪」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・街
繁華街を走りぬける恵
後を追う男達
何度か角を曲がる
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・路地
行き止まりに追い込まれる恵
恵 「冗談だろ」
男A 「残念でした」
振り返ると男達がいる
囲まれる恵
恵 「なんで俺?」
男A 「お前さぁ、生意気なくせに絶対入れさせねぇんだよな?」
恵 「はぁ?何言ってんだ」
男A 「その生意気な口がどんな声して啼くのか皆興味あったわけ」
笑う男達
恵 「はっ、馬鹿じゃねぇの?誰が啼くって?」
男Aの顔に唾を吐く
男A 「そんなに早くしてほしいんだ?」
恵の顔を殴る男A
恵 「っ!」
男A 「お前ら抑えてろこいつ」
男が群がってくる
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・路地
恵 「やめろッ!」
口から血が出ている恵
男四人に取り押さえられている
男A 「大人しくしてたら気持ちよくしてやるからさ」
笑うと恵のジーパンに手を掛ける
恵 「てめッ!やめろっつってんだよ!」
恵、思い切り足で男Aを蹴飛ばす
男A 「ってぇ…クソッ大人しくしてろってんだろうが!」
男A、恵を何度も殴る
恵 「っ…くっ…!誰がお前らなんかにやらせるかよッ!」
男A 「どんなに喚こうがお前が不利なのわかってんの?」
笑いながら腹を殴る
恵 「っ!」
力が抜ける恵
男A、笑いながら服に手を掛ける
男A 「最初から大人しくしてれば痛い思いしなくてすんだのにな」
恵M 「嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
触るな、気持ち悪い。離せよ」
恵M 「体中が痛い。助けて。誰か。お願いだから」
恵M 「最悪だ。もう何にもなくなる。俺の居場所も、生きてる意味もなんにも。
こんなときに助けてくれる人も俺にはいない。助けに来て欲しい人はもう俺のものじゃない」
恵、泣く
恵M 「やっぱり神様なんかいないんだ」
声 「こっちです!」
その声に一斉に男達が路地の先を見る
警察官が数名来る
男A 「やべぇ!逃げろ!」
男達、散らばっていく
それを追いかける警察官
恵 「……」
恵、倒れたまま空を見上げる
雪が降っている
春 「恵ちゃん!」
抱き上げられる恵
恵 「……」
春 「恵ちゃん、しっかりして!」
春、恵の頬に触れ、涙跡を拭う
しかし止まらない涙
春 「恵ちゃん、ごめん!もっと早く探してれば…」
春、涙目になって恵を抱きしめる
恵 「んで……」
春 「何?」
恵 「なんであんたが来るんだよ……」
笑う恵
恵 「っ…!」
痛みに顔を歪ませる
春 「恵ちゃん」
恵 「なんであんたが来るんだ」
恵、泣きながら春に手を伸ばす
春、抱きしめる
恵 「来なくて良かったのに。なんで俺なんかのこと探してんだよ」
春 「帰って来ないから心配で。それに恵ちゃん見たこともない顔して出て行った…」
恵 「なんでそんなに俺のこと心配してんだよ。馬鹿じゃねぇの」
春 「心配するに決まってるじゃないか」
恵 「弟だからだろ」
春 「違う」
恵 「じゃあなんで!俺のこと好きじゃないくせにッ!好きになって…くれないくせに…」
恵、春から離れて泣く
春 「恵ちゃん…」
恵 「俺春が好きだよ。ずっとずっとあんたしか好きじゃなかった。
あんたが姉ちゃんのことしか好きじゃなくても、そうだって分かっても
あんたのこと諦めるなんか出来ないんだよ!
助けになんか来てくれなくてよかったッ!このまま犯されて捨てられて
雪に埋もれて死んでればよかったッ!」
春 「恵ちゃん」
春、恵を抱き寄せる
恵 「離せよ…」
春 「嫌だ」
恵 「こんなことしてもどうにもなんねぇんだよ。
あんた分かっててこんなことするのか?
だったら最低だぞ。俺のこと心配するなら、してくれるなら突き放してくれよ!
お前なんか大っ嫌いだって言ってくれッ!」
春 「そんなこと、言えないよ」
泣いている春
恵 「じゃあ好きだって言えるのか?姉ちゃんのことも何もかも捨てて俺のこと選んでくれるのか?
出来ないだろッ!二つに一つしかねぇんだよ!
あんたは姉ちゃんと、生まれてくる子供と、幸せに暮らすんだ。
そうしないと俺が許さない。なぁ、春。お願いだから、俺のこと突き放してくれよ」
春 「できない…」
恵 「嘘でもいいから…。そうじゃないと俺、姉ちゃんにおめでとうって言えない…」
春 「言ったら君はいなくなるじゃないか」
恵 「それでいいんだよ。それがいいんだ。あんたに俺は必要じゃない」
春 「そんなことない。僕は君の傍にいなくちゃいけないんだ」
恵 「え……」
春 「約束したでしょう。僕が君の傍にずっといるって。一人になんかさせないって」
恵 「……」
春 「だからそんなこと言えないよ」
恵 「ハハハッ」
恵、春から離れて笑い出す
春 「恵ちゃん…?」
恵 「分かった。もういいよ。あんな昔の約束、もう守らなくていい。
俺はもう一人ぼっちなんかじゃないから。春がいなくても、もう大丈夫」
微笑む恵
春 「……」
恵 「俺こんな目にあってるけど、でも友達もいっぱいいるんだぜ?
それにもう大人だ。母さんや親父や兄貴に構ってもらえないくらいで泣くようなガキじゃねぇんだよ」
春 「でも」
恵、春の目を見る
恵 「もう手を離していいよ。あんたに心配なんかかけさせない。俺は一人で生きていける」
春 「恵ちゃん……」
恵 「大好きだったよ春。俺のたった一人愛した人だ」
春を抱きしめる
恵 「姉ちゃんのことよろしくな。泣かせたらぶん殴ってやる」
春 「…うん。絶対幸せにするから」
離れると立ち上がる恵
恵 「っ……いってぇ…」
春 「病院に──」
恵 「いいよ。大丈夫だって一日寝りゃ治る」
笑うと歩いていく恵
春 「……」
その隣に並ぶ春
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・道(回想)
小学生時代
傷だらけの恵と心配そうにしている春が歩いている
春 「恵ちゃんほんとに大丈夫?病院に行ったほうが…」
恵 「だーいじょぶだって!これくらい寝てりゃ治る」
春 「でも…」
恵 「心配すんなって俺が悪いんだから」
春 「恵ちゃんは悪くないでしょ?」
恵 「先に手出したのは俺だもん。俺が悪ぃの」
春 「もう…。あんまり危ないことしないでね?」
恵 「はいはーい」
笑っている恵
春、恵の左手を握る
恵 「……」
春を見る恵
少し笑うと手を繋いで帰る二人
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・道
夜、雪がちらほら降っている
回想の二人と今の二人が重なる
手を繋いで歩いている二人
恵M 「神様、いるなら叶えて欲しい。俺の精一杯の嘘がずっと春には気づかれないように。
これからも嘘をつき続けることをどうか、許してください」
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・自宅
家の中に入る恵と春
リビングの戸を開ける
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・リビング
美紀 「恵ちゃん!?」
恵の顔の傷を見て驚く美紀
美紀 「どうしたの!?何があったの!?」
心配そうに駆け寄り、恵の頬に触れる
恵 「っ!ははっ、転んだんだ」
笑う
美紀 「うそッ!何かあったんでしょ!?」
不安そうな顔をして恵を見る
春 「ほんとだよ」
春、微笑んで美紀を見る
美紀 「春くんまで…」
恵 「ほんとだって。なぁ?」
春 「うん」
美紀 「もう…二人して…。ほんとに大丈夫なの?冷やさなきゃ」
美紀、キッチンへ行こうとするがそれを引き止める恵
恵 「いいよ。大丈夫だから、姉ちゃんは座ってて」
恵、美紀の手を引いてソファに座らせる
美紀 「恵ちゃん…」
美紀の前にしゃがむ
恵 「姉ちゃん。おめでとう。幸せになって。元気な子供生めよ?」
笑う恵
美紀 「うん…。ありがとう」
恵 「楽しみにしてるから」
恵、美紀を抱きしめる
美紀 「うん」
美紀、涙目になりながら微笑む
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・風呂
シャワーを出し、頭から被る
壁に手を突いて俯く恵
恵M 「心からのおめでとう。自ら離した手はもう振り返らない。
春への気持ちは消えることはないけど、俺は一人で生きていく。二人の幸せがずっと続きますように──」
恵 「っ……ぅっ……うぁ…」
声を出して泣く
恵M 「だけど今だけは許して欲しい。愛してる、愛してる。愛してる。
こんなに誰かを好きになることはきっともうない─…」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第三章
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・大教室
窓際で屯っている女子
生徒C「あっ!王子だー♡」
窓から裏庭を見ている
下で恵が絵を描いている
生徒B「あんた帝王派じゃなかったっけ?」
生徒C「今のあの王子見てそんなこと言える子いるの?」
生徒D「だから王子は女に手出さないって」
生徒C「あれ?知らない?」
生徒D「え!?とうとう女にまで!?」
生徒B「あれでしょー、魔法の似顔絵」
生徒C「それそれ!ていうか今も描いてる」
生徒D「え?」
三人下にいる恵を見る
恵の前に座っている女子生徒
生徒D 「どういうこと?」
生徒C 「突然声かけられるのよ。似顔絵描かせてって。それで描いてもらったら幸せになれるんだって!」
生徒D 「幸せって……」
生徒B 「疑ってるでしょー?なんか描いてもらった人みーんな何かしら幸せになってんのよ。
就職決まったりー、入賞したり、いいこと起きるんだって」
生徒C 「それもいいんだけどさー、王子がすーっごい優しいらしいよ。それにずーっと見つめられてんの。
描いてもらってる間はもう天国にいるようだって聞いた」
生徒D 「へぇ……」
生徒B・C「あたしも描いて欲しい〜♡」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・裏庭
恵 「俺は絶対おじさんなんか呼ばせないよ」
描きながら笑っている恵
生徒E「じゃあなんて呼ばせるんですか?」
恵 「恵ちゃん♡」
生徒E「あははっ」
恵 「だって俺まだ二十歳だよ?ぜーったいヤダ」
生徒E「あたしなんか三年前からおばさん呼ばわりされてるのにー」
恵 「だめだって。そういうのはちゃんと躾けんのっ」
生徒E「躾けって?」
恵 「おじさんって呼ぶたびにケツを叩く」
生徒E「それきっと甥っ子だからですよっ。きっと次女の子だったら出来ないですっ」
恵 「う〜ん、そうだな。女の子だったらおじさんって呼ぶたびにチューしようかな♡」
生徒E「それじゃあお父さんに怒られちゃいますよ」
笑う
恵 「怒るかな?なんか怒らなさそう」
生徒E「分からないですよぉ?あたしの兄は子供できて超変わりました」
恵 「ハハハッ。それも楽しみだな」
恵、サインをして立ち上がる
恵 「出来たよー。お疲れ様。ありがとね」
生徒E「いえ、こちらこそありがとうございました」
生徒E、立とうとする
恵 「あ、ちょっと待って」
恵、生徒Eに近づいて髪に触れる
生徒E「え?」
恵 「ほら、桜の花びら」
髪についていた花びらを取る
生徒E「あ、あの、ありがとうございます…」
照れて真っ赤になる生徒E
恵、微笑む
恵 「良かったら貰ってやって」
似顔絵を差し出す
生徒E「もちろん!大切にしますっ!」
恵 「ハハハッ。ありがとう。じゃあね」
恵、手を振ると立ち去っていく
恵の後姿をぼーっと見ている生徒E
生徒E「カッコイイ……♡」
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・絵画科教室
恵、教室の前を歩いてくる
生徒F「あ、加々見じゃーん。なぁ俺も描いて〜似顔絵」
恵 「やーだね」
生徒F「俺今度のテスト危ないんだってー」
恵 「俺を頼るな。バーカ」
笑いながら教室を覗く
恵 「やっぱりこんなとこにいたッ!」
教室の窓際で渚と話をしている俊祐
俊祐 「魔法使いが来た」
笑う
恵、教室に入ってくる
恵 「服飾のお前が何でこっちにいるんだよっ」
言いながら前の席に座る
俊祐 「あっちまで探しに行ってた?」
恵 「うん」
俊祐 「それはご苦労」
恵 「馬鹿」
呆れる
渚 「加々見の噂聞いたよ。幸せになる絵描くって」
恵 「やめてよそれ。誰が言い出したかしらねぇけど」
渚 「でも皆言ってるぞ?」
恵 「俺のお陰とかそんなんじゃないよ。そうなる人に声かけてるだけ」
頬杖をつく
俊祐 「そうなる人?」
恵 「うん。生きてて楽しいって顔してんだよ。幸せな顔。
自分では気づいてないんだろうな。ほんとは自分で夢かなえたりしてるのにそれに気づいてない。
そういう奴の表情見てたらこっちもそうなれるかなって」
渚 「……」
恵 「でも魔法だとか、そんなことで幸せになれるんならいいと思うよ。俺が描いてそいつが幸せになれるんなら」
笑う
渚 「そうか…」
渚、悲しげな顔をする
恵 「先生?」
渚 「いや、ううん。俺まだやることあるんだ」
渚、奥へ行く
恵 「そう」
俊祐 「……」
俊祐、微笑む
恵 「あ、俺ももう帰るわ」
時計を見て立ち上がる
立ち上がる
俊祐 「バイト?」
恵 「うん。お前は?」
俊祐 「まだいるよ」
恵 「そか。んじゃまた明日」
俊祐 「あぁ」
恵、教室を出ようとする
俊祐 「恵」
恵 「ん?」
俊祐 「いや、なんでもない」
恵 「なんだそれ?じゃあな!」
笑いながら去っていく恵
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・準備室
渚、窓の方を向いて立っている
後ろから抱きしめる俊祐
渚 「哉家…」
俊祐 「なんで泣いてんの」
渚、涙を拭く
俊祐 「恵が可哀想?」
渚、首を振る
渚 「そうじゃない。でも、どうしてあんなに優しい奴が好きな人と一緒になれないんだろう」
俊祐 「……」
渚 「加々見には幸せになって欲しい…」
俊祐 「あぁ。本当に。でも先生も優しいな」
俊祐、渚を振り向かせキスをする
渚 「哉家……」
俊祐 「あいつ前に進もうとしてるよ。この間も生まれてくる子供の話、楽しそうにしてた。
それに今度家出るんだってさ」
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・リビング
恵、リビングに入ってくる
恵 「親父、母さん。ちょっと話あるんだけど」
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・二階廊下
部屋に入ろうとすると、階段を上がってくる美紀と会う
美紀 「恵ちゃん」
恵 「ん?」
美紀 「今お母さんに聞いたよ。一人暮らしするって…」
恵 「あぁ。前から考えてたんだよ」
美紀 「そっか…、寂しくなるね…」
恵 「ははっ、なんで。姉ちゃんももうすぐ春と暮らすんだろ?」
美紀 「うん…そうだけど」
恵 「俺には一人暮らしなんか無理だとでも思ってる?」
笑う
美紀 「ううん、そんなこと思わないよ。だって恵ちゃんすごくしっかりしてるもん。
なんだか皆バラバラになっちゃうのかなと思って…」
恵 「何もそんな遠くに行くわけじゃねぇんだから」
美紀 「でもね、昔はお兄ちゃんと私と恵ちゃんと春くん。いつも一緒だったじゃない?
お兄ちゃんが結婚して、家出て行っちゃって、いつかは皆こうなるんだって思ったら寂しくて」
恵 「いつまでも皆一緒なんて無理だよ」
美紀 「……」
恵 「マリッジブルーか?」
笑う
美紀 「…そうかな?」
恵 「大丈夫だよ。春は絶対大事にしてくれる。それ一番分かってんの姉ちゃんだろ?」
美紀 「……」
恵 「あいつのこと信じて、あいつの手ずっと握ってろよ?そうすれば絶対上手く行くから。俺が保証するよ」
美紀 「うん……。そうだね」
微笑む美紀
恵 「あぁ。ほら、こんなとこ突っ立ってちゃ体に悪いぞ」
美紀 「ふふっ、大丈夫だよ」
美紀、自室のドアノブを掴む
恵 「おやすみ」
美紀 「おやすみなさい」
恵、自室に入ろうとする
美紀 「恵ちゃん」
恵 「ん?」
美紀 「ありがとう」
恵 「あぁ」
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・バー
カウンターの中でオーナーとコップを拭いている恵
ドアが開き、春が来る
恵 「おーい、新婚が夜遊びすんなよな」
笑う恵
恵の前に座る春
春 「ちゃんと許可は取ってるよ」
恵 「あっそー。なに、飲みに来ただけ?」
春 「うーん。恵ちゃんの顔見に来た」
ため息をつく恵
恵 「あんたさー…、まぁいいや」
春 「ふふっ、聞いたよ。家出るって」
恵 「あぁ…うん。まぁ」
春 「危ないことしちゃ駄目だよ?」
恵 「もう心配すんなって言ったろ?大丈夫だよ」
笑う
春 「僕には一生無理かもしれないな」
悲しげな顔をする春
恵 「……、春。あんたが心配するのは姉ちゃんとお腹の子だ」
春 「うん…」
恵 「あーもうなんでそうやってウジウジしてんだよッ!昨日姉ちゃんもそんな感じだったぞ!」
春 「え?」
恵 「マリッジブルーかなんかしらねぇけど俺に吹っかけてくんなッ!勝手にやってろバカ!」
春 「はははっ」
恵 「昨日姉ちゃんに言ったんだぞ。春なら何にも心配することないって。
俺の為にもちゃんとしててくれよ」
呆れる恵
春 「うん。分かった」
微笑む春
恵 「あ、なぁそれよりさ。生まれてくる子が女の子だとするじゃん?俺がチューしたら怒る?」
春 「どうして?」
恵 「そんなことしたらお父さんに怒られますよ!って言われたんだけど
なんかあんたが怒るとか想像できねーしなぁと思って」
春 「ふふっ。怒らないよ。でもね、男の子だよ」
恵 「え?もう分かんの?」
春 「ううん。まだだけど、男の子だよきっと」
恵 「なんだそれ?まぁなんか違うって言うけどさ。
じゃあ俺は女の子だと思っておくかな。だって男は哲平がもういるしさぁ。
女の子も抱っこしてみたいなぁ♡」
春 「ハハハッ」
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・自宅(新居)
引越し作業をしている恵
俊祐が手伝いに来ている
恵M 「梅雨に入る前に家を出た。何も変わらない日常。
一人暮らしは意外と大変で、でも俺なりに充実している」
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・廊下
雨が降っている
すれ違った女の子に声をかける恵
喜んでいる女の子
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・絵画科教室
似顔絵を描いている恵
笑いながら話をしている
恵M 「相変わらず続けている似顔絵は、やっぱり楽しかった。
幸せな顔してる奴と話をするのは楽しい。変な噂は相変わらずだけど…」
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・大学内
外を歩いている恵と俊祐
蝉が鳴いている
恵 「なんか新居探すのでさー、俺に相談してきたんだよ。
それで姉ちゃんも春も俺んちの近くにしようとか言い出すんだぜ?」
俊祐 「ハハッ」
恵 「俺なんの為に家出たのか言ってやりたかったよ」
呆れる恵
俊祐 「結局どうしたんだよ?」
恵 「電車で一駅。チャリンコで十分。どう思う?」
俊祐 「気の毒に」
笑う
恵 「あーもうマジであいつら馬鹿だー…」
生徒G「加々見先輩!」
生徒Gと生徒Hが駆け寄ってくる
恵 「はい?」
生徒G・H「似顔絵描いてくださいッ!」
恵 「嫌」
立ち去る恵
俊祐 「容赦ねぇーな」
笑う俊祐
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・ショッピングセンター
ベビー用品を買いに来ている恵、春、美紀
美紀と恵がピンクの服を選んでいる
春、青い服を指差す
首を振る美紀と恵
恵M 「お腹の子は順調に育っていて、姉ちゃんの体も凄く安定していた。
一緒に暮らし初めた二人も、心配することなくうまくやっている」
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・自宅
恵M 「夏も終わり、少し涼しくなってきた頃。それは突然の知らせだった──」
夜中、ベッドで寝ている恵
机の上の携帯が鳴る
恵 「…ん……」
手を伸ばして携帯を取る
恵 「はい……」
恵、ベッドから飛び出して服を着ると
バイクのキーを持って家を出る
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・病室前
春、母、父がいる
恵 「姉ちゃんは?」
母 「いつもの発作よ。安定してたから大丈夫だと思ってたんだけど…」
恵 「子供は大丈夫なの?」
母 「えぇ、大丈夫。でもこれからまたこうなることもあるだろうから、今日から入院することになったわ」
恵 「そう……」
恵、春を見る
恵 「大丈夫?」
春 「うん…大丈夫」
恵、春の髪をガシガシ撫でる
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・病室
恵、ドアを開ける
恵M 「入院してから一ヶ月。あれ以来発作は起こっていない。姉ちゃんも元気なまま臨月を迎えた。
予定日は十一月十日」
恵 「よかった起きてた」
美紀 「恵ちゃん。起きてるよー」
恵、椅子に座る
恵 「昨日来たら寝てたもん」
美紀 「え?ほんと?起こしてくれればよかったのにー」
恵 「あまりにも爆睡してたからさ」
笑う
美紀 「もー!それより、恵ちゃん学校は?」
恵 「今日は授業はありません」
美紀 「うそ!知ってるよ?今日は民芸の授業があるはずですっ」
恵 「なんで俺の授業把握してんだよ……」
美紀 「この間春くんが言ってた」
恵 「あいつまで知ってんの?親よりウザいな…」
美紀 「ふふっ。だめだよサボっちゃ」
恵 「はいはい。それよりコレ」
恵、紙袋を渡す
美紀 「?」
恵 「俊祐が作ったんだって」
美紀、中身を取り出す
黄色のベビー服
美紀 「可愛い〜」
恵 「俺はピンクにしろって言ったのにさ、黄色でいいんだとか言って」
美紀 「ふふっ、嬉しいな。ありがとうって伝えてね」
恵 「あぁ。それと俺からはコレ」
恵、画用紙と鉛筆を取り出す
美紀 「?」
恵 「俺が描く似顔絵は魔法の似顔絵で、描いた人が幸せになるんだって」
美紀 「描いてくれるの!?」
恵 「姉ちゃんとお腹の子が幸せになりますように。な?」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・病室
描いている恵
美紀 「私、恵ちゃんが描いてるところ初めて見るよ」
恵 「えー?そうだっけ?」
美紀 「うん。だって恵ちゃんいっつも恥ずかしがって見せてくれないんだもん」
恵 「いつの話だよ」
美紀 「小学生の頃かなぁ?春くんとはいつも二人でお絵かきしてたのに、私には絶対見せてくれなかったんだよ」
恵 「あ〜……思い出した」
まずい顔をする恵
恵M 「単に春を独り占めしたかっただけだ…」
美紀 「でも一度だけ私のこと描いてくれたことあったよね?」
恵 「あぁ、ピアノのやつだろ?」
美紀 「そう!でもその時も私の後ろ姿で、私は結局恵ちゃんの顔は見れなかったの」
恵 「だって前だと描けないじゃん」
美紀 「そんな理由だったの!?だったら隣で描いてくれればよかったのにー…」
恵 「あ、ほんとだ。馬鹿だったんだよあの頃の俺」
笑う
美紀 「な〜んだ」
恵 「ふふっ、ほら、今から凄くいい顔して」
美紀 「はーい。綺麗に描いてね」
恵 「はいはい」
美紀、微笑む
恵 「なに」
美紀 「ううん。恵ちゃんかっこいいね」
恵 「なんだよ急に」
照れる
美紀 「私の自慢の弟だよ」
恵 「そんなに綺麗に描いて欲しいの?」
笑いながら言う
美紀 「ううん。ほんとに。小さい頃からずっと。
恵ちゃんは私の自慢の弟だったの」
恵 「……」
美紀 「器用でなんでも出来て、運動会ではいっつも一番。
いつでも私を気遣ってくれて、私を置いてけぼりになんか一度もしなかった。
それなのに、恵ちゃんにはいっつも我慢ばっかりさせてたよね。
でも私、恵ちゃんの泣いてるところ見た事ないよ。
私の知らないところで恵ちゃんはきっと辛い思いしてたんだと思う。
こんなお姉ちゃんでごめんね。今まで本当にありがとう」
恵 「……」
恵、俯く
美紀 「恵ちゃん」
恵 「謝るなよ…」
恵、泣いている
恵 「俺姉ちゃんのこと嫌いだなんて一度も思ったことない。俺にだって自慢の姉ちゃんだよ。
俊祐になんかいっつもシスコンだって馬鹿にされるくらいだ」
笑う
美紀、恵を抱き寄せ頭を撫でる
美紀 「ありがとう。私もね、涼子ちゃんにブラコンだって言われるんだ。同じだね」
恵 「こんな会話誰かに聞かれてたら確実に気持ち悪いと思われるな」
美紀 「いいよ。本当のことだもん」
恵 「あーもう!」
離れる
恵 「続き!」
鉛筆を持ち直す
美紀 「はーい」
笑い合う二人
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・病室
恵 「はい、どうぞ」
出来上がった似顔絵を渡す
美紀 「わーい♡一生大事にするね!」
嬉しそうにする美紀
それを見て微笑む恵
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・病室前廊下
夕暮れ時、恵が戻ってくる
恵 (帽子忘れた……)
ドアが少し開いている
ノックをしようとすると中の様子が見える
恵 「っ……!」
春と美紀がキスをしている
咄嗟に隠れる恵
恵 「……」
壁に背中をついて髪をくしゃっと握る
恵M 「まだ俺の気持ちは泥になって底に溜まってる。それが時々かき回されてそこら中に浮かんでくる…」
恵M 「見たくなかった」
美紀 「私今日初めて恵ちゃんが泣いてるところ見たんだよ」
中から声が聞こえてくる
恵 「……」
美紀 「ホントは泣き虫なの知ってたの」
恵 (え…?)
美紀 「でも私にはそんな姿見せてくれなかった」
春 「心配かけたくなかったんだよ」
美紀 「うん。私春くんが羨ましいよ」
春 「どうして?」
美紀 「いろんな恵ちゃんを知ってるでしょ?泣き虫な恵ちゃんも、怒ってる恵ちゃんも。
私の知らない恵ちゃんをいっぱい知ってる。春くんにはどんな姿でも見せれるんだよ」
春 「……」
美紀 「きっと恵ちゃんにとって春くんは一番分かってくれる人で、一番傍に居て欲しい人なんじゃないかな…」
恵、俯く
美紀 「だからね、春くん。恵ちゃんの傍にこれからもずっと居てあげてね」
春 「うん…」
美紀 「ふふっ。私これから頑張るんだ」
春 「何を?」
美紀 「恵ちゃんともっと仲良くなるの。だってこれから私にはこの子っていう味方が出来るんだもん。
恵ちゃんとっても子供が好きだから、きっとこの子と一緒にいろんな恵ちゃんを知っていけると思うの」
嬉しそうに話している美紀
美紀 「春くんには負けないんだからね」
春 「うん。僕も負けていられないな」
笑う二人
恵 「……」
恵、壁伝いに両手で頭を抱えてしゃがみこむ
恵M 「馬鹿じゃないの…。ほんとに…なんで俺なんかのこと…」
恵、立ち上がると泣きながら立ち去る
恵M 「誰が泣き虫だばーか」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・大学内
一人で歩いている恵
春 「恵ちゃん」
後ろから春が来る
恵 「あれ。なんでいんの?」
並んで歩き始める二人
春 「授業あったから」
恵 「仕事は?」
春 「今日は休み。今からバイト?」
恵 「いや、病院行こうと思って。春は?」
春 「僕も行くよ」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・バス
並んで座っている二人
春、窓の外を見ている
恵 「雨降りそうだな」
春 「え?」
恵 「雨。曇ってきただろ」
春 「あぁ、そうだね。傘持ってないや…」
恵 「……なんかあった?」
春 「ううん。どうして?」
恵 「いや、なんかボーっとしてるし」
春 「そうかな」
恵 「……」
疑わしい目で見る恵
春、相変わらず外を見ている
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・病院廊下
窓を見る恵
雨が降っている
恵 「あーあ、降って来た。帰りに傘買うかー…」
春 「……」
春、立ち止まる
恵 「?」
恵、春を見てからその目線の先を見る
美紀の病室を慌しく出入りしている看護士
恵、駆け寄る
恵 「どうしたんですか!?」
看護士「あ、弟さんよね?それに旦那さんも。発作が起きたの。
先生から説明があるからここで待機しててください」
恵 「わかりました」
看護士、去っていく
恵、春を見る
恵 「おい、春。大丈夫か?」
春 「……」
春、額を押さえ俯く
恵 「春はここで待ってろ。俺母さん達に連絡してくるから」
恵、春を椅子に座らせる
俯いている春
しゃがみこんで手を取る
恵 「春。大丈夫だよ。姉ちゃんそんなに弱くねぇもん。
あんたが信じてやらないでどうすんだ。な?大丈夫だから」
春の髪を撫でる
春 「うん……」
恵、頭をポンポンと撫でると去っていく
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・病院前
電話をしている恵
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・個室
春と母が医師に話を聞いている
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・病院廊下
母から話を聞いている恵
病室の中で美紀の手を握っている春を見る
恵M 「ここに来て姉ちゃんの体は弱くなり始めてきた。予定日まであと五日」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・病室
恵、二人の所へ行く
恵 「姉ちゃん」
美紀 「恵ちゃん。大丈夫よ。心配しないで。明日には私お母さんになってるんだから」
微笑む美紀
恵 「うん」
美紀 「さっきからね、早く外に出たいってすっごく動いてるの」
恵 「ほんと?」
美紀 「ほら」
恵の手をお腹に触れさせる
美紀 「ちー。恵ちゃんだよ」
恵 「ちー?」
美紀 「そう。千尋。春くんがつけてくれたの」
恵 「やっぱり女の子だ」
恵、春を見る
春 「ううん。男の子だってば」
春、笑う
恵 「えー?あっ!動いた!」
美紀 「ちーも早く恵ちゃんに会いたいんだよね」
恵 「俺も早く会いたいよ。姉ちゃん、頑張って」
恵、美紀を抱きしめる
美紀 「うん」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・病室
壁のカレンダー
十一月六日
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・手術室前
春、恵、母、父、稔、稔の妻、哲平がいる
美紀 「春くん。あの時約束したこと、忘れないでね」
春、美紀の手を握っている
春 「うん。でも大丈夫」
美紀、微笑む
美紀 「春くん。大好きだよ」
春 「愛してるよ」
春、美紀にキスをする
恵、二人を見ている
手術室に入っていく美紀
恵M 「穏やかだ」
恵M 「静かに水面は揺れていて、泥は舞うことはなかった。そうだ。これでいい。
嘘はつき続けると本当になる。そうなればいいとずっと思ってた。
目の前の二人を見ていて傷つくのは嫌だったから」
恵M 「俺の描く絵で幸せになれるんなら、ずっと二人を描き続けよう。
俺の好きな人がずっと笑っていられるように」
恵M 「この二人はずっと幸せでなくちゃ駄目だ──」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・病院中庭
ベンチに座ってジュースを飲んでいる哲平
その隣で恵、煙草を吸っている
哲平 「俺にも赤ちゃん抱けるかな?」
恵 「抱ける抱ける。生まれたては首がぐらぐらしてるからしっかり頭持ってやるんだぞ」
哲平 「そっか。赤ちゃんってこれくらい?」
哲平、手で子猫ほどの大きさを作る
恵 「はははっ、もっとでけぇよ。これくらい」
恵、子供を抱く素振りをする
哲平 「そんなに大きいの!?俺でも大丈夫かなぁ……」
恵 「だーいじょぶだって」
恵、哲平の頭を撫でる
恵 「早く会いたいな」
哲平 「うん!俺いろんなとこ連れてってやるんだっ」
恵 「楽しみだな」
笑っている二人
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・手術室前
中庭から戻ってくる二人
ふと手術室の前を見ると慌しい雰囲気
恵 「……」
母、椅子に座って俯いている
その隣で頭を抱えている父
稔が恵に気がついて駆け寄ってくる
稔 「恵!」
恵 「どうしたんだよ…」
稔 「美紀の容態が急変した…」
哲平、母親のところへ行く
哲平を抱きしめる
恵 「どういうこと…?」
稔 「……危ないかもしれないって…」
恵 「……」
恵、春を見る
春、椅子に座って手を組んで俯いている
恵 「春…」
手術室から産声が聞こえる
一斉に手術室を見る
誰も何も喋らない
手術室の扉が開く
看護士が千尋を抱いて出てくる
看護士「元気な男の子ですよ」
春、千尋を抱く
右目下に泣きボクロがある
春 「千尋……」
微笑む春
看護士「美紀さんは依然油断のできない状態です──…」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・部屋(回想)
ピアノが置いてある部屋に幼い美紀と恵がいる
ピアノの椅子に二人で並んで座っている
美紀 「ド、ド、ソ、ソ、ラ、ラ、ソ」
指一本で鍵盤を押さえる恵
しかし上手くいかない
恵 「もうやだー」
美紀 「うーん…上手くいかないね」
恵 「俺ピアノより絵の方がいい」
美紀 「もう少し頑張ろうよ」
恵 「やだ。だって出来ないもん。それより俺お姉ちゃんの絵描いてあげる」
美紀 「私の?」
恵 「うん!ピアノ弾いててね」
恵、椅子から下りて後ろに行く
紙と鉛筆を持つと絵を描く
美紀 「恵ちゃん、後姿を描くの?」
恵 「そう!ほら、ピアノ弾いててよ」
楽しそうに言う恵
美紀 「そっか…。何がいい?」
恵 「きらきら星のすごいやつー!」
美紀 「アハハッ。すごいやつね」
美紀、きらきら星変奏曲を弾き始める
恵、楽しそうに絵を描いている
ピアノを弾いている美紀の後姿
周りに星が光っている
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・手術室前
美紀 『恵ちゃんありがとう』
恵、春の隣に座っている
春の右手を握る
握り返す春
恵M 「姉ちゃん。男の子だってさ。服また買いに行かなきゃなんねぇな。だからまだ行くな。まだ早すぎる。
皆待ってるよ。ちーを抱きしめてやらなきゃいけないんだ」
恵M 「姉ちゃんは春と幸せにならなきゃなんねぇんだよ──…」
手術中ランプが消え医師が出てくる
母が駆け寄る
首を振る医師
泣き崩れる母
恵 「……」
呆然とその光景を見ている恵
美紀 『けーいちゃん』
美紀 『…そっか、気をつけてね』
美紀 『け、恵ちゃんはするどいなぁ〜』
美紀 『……春くん…』
美紀 『何ってもう私皆に自慢しちゃったよ〜!』
美紀 『私ご馳走作るから、お祝いしよう?』
美紀 『どうしたの!?何があったの!?』
美紀 『うん。ありがとう』
美紀 『そっか…、寂しくなるね…』
美紀 『なんだか皆バラバラになっちゃうのかなと思って…』
美紀 『ありがとう』
美紀 『ふふっ。だめだよサボっちゃ』
美紀 『私、恵ちゃんが描いてるところ初めて見るよ』
美紀 『私の自慢の弟だよ』
美紀 『こんなお姉ちゃんでごめんね。今まで本当にありがとう』
美紀 『わーい♡一生大事にするね!』
美紀 『ホントは泣き虫なの知ってたの』
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・霊安室
中に入る恵
寝かされている美紀を見る
美紀 『恵ちゃんともっと仲良くなるの。だってこれから私にはこの子っていう味方が出来るんだもん。
恵ちゃんとっても子供が好きだから、きっとこの子と一緒にいろんな恵ちゃんを知っていけると思うの』
恵 「姉ちゃん……」
恵、涙があふれ出す
美紀の傍へ行き、美紀の手に触れる
恵 「姉ちゃん…俺ともっと仲良くなるんじゃなかったのかよ……
なぁ…、春には負けないって言ってたじゃん…いくらだって俺泣き顔見せてやるよ…
泣き虫なの知ってんだろ?怒ったっていい。なぁなんでも見せてやるから…
帰って来いよ…帰ってこなきゃだめなんだよ…
姉ちゃんがちー抱かないでどうすんだ…愛してるって言ってやんないでどーすんだよ…
春の手離すなって言っただろ……」
恵 「姉ちゃん!!」
泣き崩れる恵
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・部屋
電気をつけないで
ピアノの部屋でピアノの前に座っている恵
月明かりが窓から差し込んでいる
美紀 『ド、ド、ソ、ソ、ラ、ラ、ソ』
恵、鍵盤を押す
主旋律だけのきらきら星を弾く
ドアが開く
春 「ここにいたの……」
恵 「……」
恵、鍵盤から手を離すと微笑む
恵 「きらきら星のすごいやつは俺には弾けねぇや」
春、微笑む
恵 「……」
春 「……」
春、封筒を差し出す
恵 「?」
春 「美紀に頼まれたんだ。一昨日。何かあったら渡してほしいって」
恵 「……」
受け取る
封筒の中の手紙を開く恵
美紀 『恵ちゃんへ。これを見ているってことは、私はもうこの世にいないんだと思います。
春くんはちゃんと約束を守ってくれたみたいで良かったです。
恵ちゃん。私はずっと秘密にしてたことがあるの。
もしこの手紙があなたに渡らなかったら、私は一生このことは秘密にしておくつもりでした。
恵ちゃんは、ずっと春くんのことが好きだったよね』
恵 「……」
美紀 『私はずっとそれに気がついていたの。でも未だにそれが恋愛感情なのかは分かりません。
それでも春くんは恵ちゃんにとって、とても大切な存在なんだって分かってた。
なのに私は春くんのことを好きになってしまいました。
告白するとき、私はきっと断られると思ってたんだ。
春くんの右手は恵ちゃんのことずっと捕まえてたから。
それは今も変わらないの。春くんが落ち込んでしまう時は恵ちゃんが原因でしかなかったんだよ。
二人には、誰にも分からないし、誰にも邪魔できない絆があるんだと思います。
ねぇ、恵ちゃん。
もしもあなたが春くんのことを恋愛感情として好きなんだったら、
何も考えずに春くんの傍に居てください。
それがあなた達にとって、一番良い道で、本当に進むべき道だったんだと思うから。
今まで邪魔しちゃってごめんね。
恵ちゃんに私は今までで一番酷い我慢をさせていたと思います。
こんなお姉ちゃんをどうか許してください。
恵ちゃんに一度も嫌いだと思ったことないって言われて本当に嬉しかったです。
短い人生だったけど、恵ちゃんのお姉ちゃんになれたことが
一番嬉しかったよ。恵ちゃん大好き♡』
恵、便箋に涙を落とす
美紀 『春くんと千尋をよろしくね。あの似顔絵は千尋に見せてあげてください。
あの私が一番綺麗だからね♡
美紀』
恵 「ふっ。?」
泣きながら笑う恵
もう一枚便箋があることに気がつく
美紀 『PS、春くんのことはホントに愛してたんだからね!
春くんを困らせないこと!あとちゃんと授業は出ないとだめだよ?
心配は尽きないけど、そんなに書けないのでこのくらいにしておきます』
恵、読み終えると春を見る
恵 「読んだ?」
春 「ううん」
恵 「そ」
春 「読んでもいいの?」
恵 「駄目。俺と姉ちゃんの秘密だ」
笑う恵
春 「……」
膨れる春
恵、春の手を取る
恵 「春のこと愛してるって。あんたを困らせるなってさ」
笑う恵
春 「そう」
微笑む春
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・火葬場
落ち葉が広がる芝生の上で煙が出ている煙突を見ている恵と春
喪服を着ている
恵M 「春との間に絆があるとしても、俺はもう一度手を取るつもりは無い。
春もきっとそうだと思う。こいつの両手は千尋と、まだ見ぬ誰かのものでいい」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・実家
哲平、千尋をたどたどしい手で抱く
心配そうに見ている稔
哲平 「ちー」
哲平が笑うと千尋も笑う
恵 「笑ったッ!」
皆笑う
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・春宅
千尋の似顔絵を描いている恵
恵M 「ただ願うのは、好きだった人の幸せと、この小さな笑顔がずっと続きますように──」
後編へ続く
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