・リビング(夕) ソファに座っている永久春(ながひさはる)、ふと庭を見ると雨が降っていることに気がつく 春 「雨……」 春、庭への戸を開けると外を見る 庭にはアジサイが咲いている ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・玄関外(夕) 雨が降っている中、傘を持たずに濡れた加々見恵(かがみけい)が帰ってくる ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・玄関(夕) 玄関を開けて中に入る恵 恵 「ただいまー」 言いながら上着を脱ぎつつ家の中に上がる ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・リビング(夕) 恵、タオルで髪を拭きながら来る 恵 「急に降ってきやがって、天気予報では晴れだって言ってたのにさぁ……って」 恵、春を見て言葉を止める 春、庭の戸の前に座って外を見ながら水彩画を描いている 春 「おかえりー」 恵、春の傍に来る 恵 「珍しいことやってんじゃん。水彩画?」 春 「うん。アジサイが綺麗に咲いたからー」 恵 「へぇ。つかやっぱあんた絵も上手いんだな……」 恵、描きかけの絵を見ていたがふと足元に置かれているバケツを見て眉をしかめる バケツだけ雨ざらしになっている 恵 「って、なんでバケツ外に出してんだよ……」 春、微笑む 春 「あぁ、あのねー、雨水で水彩画を描くと、絵の中でほんとに雨が降るの」 恵、笑う 恵 「はははっ! 絵の中で?」 春 「ほんとだよー? 昔ね、おじいさんに教えてもらったんだ。それでその夜ほんとに絵の中で雨が降ったの」 恵 「夢じゃなくて?」 春 「うん。僕がまだ子供の頃にね」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・永久本家(回想) 大きな家の縁側に座っている幼い春(4) 軒下から雨水が滴ってくるのを見ている 庭にはアジサイが咲いている そこへ春の曽祖父の永久伊織(ながひさいおり)の声がしてくる 伊織 「春」 伊織の声に振り返る春 するとそこには左目に眼帯をしている伊織がいる どことなく春に似ている 春、楽しそうに笑う 春 「おじいさま、雨が降ってきました」 伊織 「おぉ? 本当だ。音で気がつかなかった」 伊織、自分の耳を指差して笑うと春の隣に座る 春 「僕ね、雨が降るとワクワクするんです。色んな音が聞こえてくるのに、いつもの音は聞こえなくなるでしょ?」 伊織 「そうだなぁ。春は私と同じだな」 春 「おじいさまも雨が好きですか?」 伊織 「あぁ、大好きだ。音だけじゃなく、庭の草木も元気になるからな」 春 「ふふっ」 伊織 「そうか。春は雨が好きか」 伊織、春の頭を撫でる 春 「はい」 伊織 「なら一つ面白いことを教えてやろう」 春、首をかしげる 春 「面白いこと?」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・リビング(夕) 庭を見ながら話をしている春と恵 春 「そのときに教わったんだよ。雨水で水彩画を描くと絵の中で雨が降るんだって」 恵 「へぇ。でもほんとに雨が降ったとかいうのは夢かなんかだろ」 春 「ううん。ほんとだよ。よーく覚えてる。あの頃おじいさんの具合があまり良くなかった頃なんだ」 恵 「具合?」 春 「元々あまり体が強くない人だったんだけど、もう年だったからね。本家はそう遠くないところにあったから 親に連れられておじいさんのお見舞いに一月くらいお邪魔してたんだよ。 それでその話を聞いた時は、おじいさんが歩けるくらいまで一時的に回復した時だったから良く覚えてる」 恵 「ふぅん……」 春 「ふふっ、おじいさんの描く水彩画は凄く綺麗だったんだ。その絵を飾ったりしてるのは見たことなかったし、 それにおじいさんも何故かあんまり人に見せたがったりしなかったけど。 でも僕は昔から美術系の事が好きだったから、おじいさんは僕にだけって色々見せてくれたよ」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・永久本家(回想) 縁側でアジサイの絵を描いている春とそれを微笑みながら見ている伊織 春、描きながら話す 春 「僕ね、おじいさまの描いたあのお庭の絵が一番好き」 伊織 「え?」 春 「いろんなお花が咲いているお庭の絵。あの絵、天国みたいだから」 伊織 「天国? そうか……」 伊織、微笑むと庭を見る ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・永久家、伊織の部屋(回想の回想) 雪が積もっている庭を見ている伊織(20) 長い前髪を左目に垂らし、左目を隠している とても端正な顔立ちをしている ぼーっと庭を見ていると襖越しに使用人の和田種子(わだたねこ)(17)が声をかけてくる 種子 「伊織さん」 伊織 「なんだ」 種子、襖を開けると呆れる 種子 「またそんな薄着で……。寒くないんですか?」 種子、言いながらかけてあった上着を伊織に後ろから羽織らせる 伊織 「え? あぁ、別に」 種子 「また考え事ですか?」 伊織 「……いや、この庭も冬は寂しいと思って」 種子、少し微笑むと腰を上げる 種子 「先ほど本宅の方にうちの兄が顔を出しに来たんです」 伊織、種子の言葉に露骨に驚く 伊織 「え?」 種子 「もうすぐこちらにも顔を出す頃だと思いますが」 伊織 「ほんとか!?」 種子、笑う 種子 「えぇ。そんなに喜ばれると兄も喜びますでしょうね」 伊織 「え!? あ、いや! 俺は別に喜んでなんかいない!」 種子、部屋を出ながら笑う 種子 「ふふふ。でも伊織さん。暖かくしていてくださいよ。あなたまだ本調子じゃないんですからね」 伊織 「わ、分かってる!」 種子、笑いながら部屋を後にする 丁度その頃に庭から頭に雪を少し積もらせた種子の兄で庭師の和田和葉(わだかずは)(23)が顔を出す 伊織、突然現れたその姿に驚く 伊織 「か、和葉!」 和葉、伊織のその様子にふっと鼻で笑う 和葉 「体調が優れないと聞いていましたが、元気そうで何より」 伊織 「あ、あぁ。もう良くなったんだ」 伊織、視線をそらす 和葉 「中に入っても?」 伊織 「そうだな、入れ。っていうか頭に雪積もってるぞ……」 和葉 「あぁ、さっきまでやんでたんですが」 和葉、頭の雪を落とし縁側に座って履物を脱ぐと部屋に上がる 和葉 「冬の庭に満足いただけてないとか」 伊織 「え? あぁ、種子か」 和葉 「まぁ、花が好きなあなたには満足いただくのも難しいかと思いますが」 伊織 「……」 和葉、伊織の傍に座る 和葉 「花が咲く頃までにはあと三月ほどかかる。それまでに満足いただける方法が一つだけありますが」 伊織 「え?」 和葉 「これだけ雪の降る場所だ。雪を花だとお思いになればいい。葉の上に積もる雪、枝の上に積もる雪。 白くて美しい花だと」 伊織 「……あぁ」 伊織、庭を見る あまり納得のいっていない様子の伊織を見て何かを取り出す和葉 和葉 「やはり椿を植えておくべきでしたね」 和葉、椿の花を伊織の前に差し出す 和葉 「冬椿はとても綺麗ですよ。それこそあなたの絵によく映える」 伊織 「違う……」 和葉 「?」 伊織 「俺は……別に今の庭がどうだとか……まぁ、花のない庭はあまり好きではないが、そこまで庭が好きで仕方ないわけじゃなくて」 和葉 「……」 伊織、和葉を見る 伊織 「俺は……お前が滅多に現れなくなるのに納得いってないだけだ」 伊織、言うと顔を背ける 和葉 「……」 伊織 「椿は嫌いだが、椿の為にお前がここに来るようになるなら次の年から植えてもいい」 和葉 「私はただの庭師ですよ」 伊織 「分かってる」 和葉 「しかし今は永久家の庭師です。専属になってから、金には困らないが暇で仕方ない」 伊織 「それがどうした」 和葉 「もう少し早くそう言っていただければよかったのですが」 伊織、和葉を見る 伊織 「何が言いたい!?」 和葉、心なしか微笑むと伊織の左目にかかる髪に触れると伊織の白くなった目を見る 伊織 「っ……」 和葉 「あなたは綺麗だ」 伊織、驚く 伊織 「は、はぁ!?」 和葉 「ふふ、それで? 私にどうしろと?」 伊織 「っ! だ、だから……」 和葉 「はい」 伊織 「よ、用がなくてもだな」 和葉 「えぇ」 伊織 「くそっ! 用がなくても俺に会いに来い!」 和葉、伊織が言い切ると同時に伊織の頭を引き寄せるとキスをする 伊織 「っ!?」 和葉 「わかりました」 笑う和葉と混乱する伊織 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・永久本家(回想) 雨の降る庭を見ている伊織 春 「できたー!」 春、出来た絵を持ち上げる 伊織、微笑むとその絵を見る 伊織 「おぉ、お前も綺麗に絵を描くな」 春 「ふふふっ」 そこへ曾祖母の種子が来る 種子 「あら、お絵かきですか?」 春 「おばあさま!」 種子 「春は綺麗な絵を描くねぇ。綺麗なアジサイの色」 春 「ありがとうございます」 種子、伊織を見る 種子 「伊織さん、そろそろ布団に入ってくださいね。まだ本調子じゃないんですから」 伊織 「あぁ、そうだな」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・永久家、伊織の部屋(回想の回想) 雨が降っている 庭にはアジサイが綺麗に咲き誇っている それを見ながら絵を描いている伊織 それを傍で見ている和葉 和葉 「そういえば、こんな話を聞いたことが」 伊織 「ん?」 和葉 「雨水で水彩画を描くと、絵の中で雨が降るんだとか」 伊織、笑う 伊織 「ははは! なんだそれ?」 和葉 「いや、まぁ御伽噺みたいなもんでしょうけど」 伊織 「よっし! やってみるか」 伊織、外に出て皿に雨水を入れに行く 和葉、その姿を見て笑っている 幸せそうな二人 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・永久本家(回想)(夜) 春、縁側を一人急いでいる すると丁度前から伊織が歩いてくる 伊織 「おぉ、春。こんな時間にどうした」 春 「おじいさま! あのね! 雨が! 雨が降ってるんです!」 伊織 「? 雨?」 春 「早く早く!」 春、伊織の手を引いて行く ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・永久本家(回想)(夜) 絵の置いてある部屋をこっそりと覗く二人 すると部屋の中にあるアジサイの絵の中で雨が降っている 春 「ほんとに降りましたね」 伊織 「あぁ、ほんとうだ」 二人、顔を見合わせると微笑む ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・リビング(夜) 春と恵、話をしている 恵 「へぇ、まぁあれだな。子供の頃にしか見えない奴だなそれ!」 春 「はははっ、そうだね。今だと無理かもしれない」 恵 「ってもうこんな時間じゃねぇか! 飯作るぞ飯!」 恵、キッチンの方へ行く 春、微笑んで絵を見るとまた庭を見る ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・寝室(夜中) 春、寝ていると恵に起こされる 隣には千尋(3)が寝ている 恵 「おい、春。起きろ」 春 「ん……? どうしたの……?」 恵 「いいいからはやく!」 春 「?」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・リビング(夜中) 恵に連れられて階段を下りてくる春と恵 恵 「ほら、あれ」 恵の視線の方を見るとあの水彩画の中で雨が降っている 春 「あ……」 恵 「夢じゃないよな?」 春 「うん……」 驚いている二人のところに千尋が眠い目をこすりながら来る 千尋 「どうしたのー?」 恵 「ちー、ほら、見てみろあれ」 千尋 「なぁに?」 水彩画を見る千尋 千尋 「わぁ!」 恵 「な? 凄いだろ?」 千尋 「うん! 魔法?」 恵 「ははは! そうかもな!」 春、二人の様子を見て微笑む ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・永久家、伊織の部屋(回想の回想) 縁側に座ってアジサイを見ている伊織と和葉 伊織、少しいじけている 伊織 「雨降らなかった」 和葉 「雨?」 伊織 「水彩画の雨! 降らなかったぞ」 和葉 「あぁ、あれね」 伊織 「昨日ずっと見張ってたんだが」 和葉、笑う 和葉 「だってあれ私の考えた嘘ですもん」 伊織 「はぁっ!?」 和葉 「ははは、まぁいつか降りますよ」 伊織 「阿呆! 嘘で降るわけないだろ!? くそ! 騙された!」 和葉 「まぁまぁ。それにしても、ずっと見張ってたんですか?」 伊織 「そうだよ! お前があんなこというから! おかげでこっちは種子に怒られるはめに!」 和葉 「はははっ」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・永久本家(回想)(夜) 雨の降っている水彩画を見ている春と伊織 春N 「ねぇ、おじいさま。僕はあの時話してくれたあなたの秘密が、あの雨を降らせたんだってそう信じていました」 おわり |