
第一章
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・受賞式典
渚(なぎさ)、自分の絵の前に立っている
優秀賞、渚隼人(はやと)と書いてある
渚M 「第一印象は最悪だった」
奥の人の群がる方を見る
渚M 「今度こそはと出した賞で、及ばなかった最優秀賞。
受賞したのは十九歳の男だった。
それだけならまだしも、専攻は工芸だと聞いた」
ため息をつく渚
渚M 「確かに素晴らしい絵だった。あんなのに、俺の絵は到底勝てそうもなかった。
見に来た人たちは、あの絵にばかり群がって、
俺の絵の前をただ足早に通り過ぎていく。
誰もいない、寂しい自分の絵の前で俺はただ、遠くからあの絵を見ていた」
男 「綺麗な青だ」
いつの間にか隣に立って絵を見ている男
渚 「え?」
男 「あんな絵より、僕はこっちの方がいいと思う」
渚M 「驚くほどに綺麗な人だと思った。今まで見たことも無い。
誰もが惑うような、綺麗な目をしていた。
その目で俺の絵を見ていた」
渚 「そんなこと言うのは君だけだよ。でもありがとう。
これは俺が描いたんだ」
男、微笑む
男 「あなたには、世界がこんなに綺麗に見えているんですね」
渚 「え……」
係員A「永久(ながひさ)さん、授賞式が始まりますのでこちらへ」
春 「はい」
春、頭を下げると去っていく
渚M 「名前を聞いて分かった。
あぁ、俺はからかわれたんだと」
係員B「渚さん?授賞式が始まりますのでこちらへ」
渚 「あ、はい…」
渚M 「第一印象は最悪だった」
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・教室
授業中
セミが鳴いている
隅でデッサンをしている渚
傍に座っていた生徒Aが話しかける
生徒A「せんせ。見たよー、『青空』おしかったね」
渚 「あぁ、まぁでもあれは勝てないよ」
生徒A「確かに。あんな綺麗な絵、初めて見た。あ、知ってる?
あの永久春(はる)。A大の二年だって」
渚 「うん。聞いたよ」
生徒A「やっぱ有名大は違うよねー、なんていうか、あたしらには
雲の上の存在っていうか……あぁ、空しい…」
渚 「はははっ」
生徒Aの傍にいた生徒Bも話に加わる
生徒B「ねぇねぇ、来週この授業ヌードデッサンだって聞いたんだけどホント?」
渚 「あぁ、そういえばそんな話を平塚(ひらつか)先生が言ってたような…」
生徒A「ホントに!?誰がやんの!?」
渚 「モデルさんに来てもらうんだよ」
生徒B「ふーん。ってかさ、渚せんせやればいいのに」
渚 「はぁ!?何言ってんだ!」
生徒A「あ、あたしもそれ賛成。せんせ可愛いもんね。若いし。描きたい描きたい」
渚 「馬鹿言うな……。それにモデルは女性だよ」
生徒B「なぁんだ。せんせは描いたことあるの?」
渚 「ん?あぁ、あるよ」
生徒A「あれ?知らないの?渚せんせのヌードデッサン有名だよね?」
渚 「別に有名ではないけど…」
生徒B「何、知らない。そうなの?」
生徒A「うん、あたし平塚先生に見せてもらったことあるよ。
っていうか、事務室に飾ってあるよね?
あれあたし好きなんだぁ。すっごい綺麗なの」
渚 「……」
照れる渚
生徒B「うっそ、あとで見に行こー」
生徒A「せんせになら描いて欲しいもん。ホント綺麗なの」
渚 「褒めてもなんにもでないよ…?」
生徒A「えぇ〜」
渚 「やっぱりか」
笑う三人
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・事務室
夕暮れ時、ヒグラシが鳴いている
渚、事務室に入ると、話し声が聞こえてくる
平塚 「あぁ、渚先生。丁度呼びに行こうとしてたとこで」
ソファに春が座っている
渚を見て頭を下げる
渚 (永久春……!どうしてここに……)
平塚 「この子、永久春君。A大の子なんだけど、ちょっとした知り合いでね」
渚 「あぁ、はい」
平塚 「来週のデッサン、この子にモデル頼もうと思ってて」
渚 「え!?──あ、いえ…」
平塚 「はははっ、驚いた?まぁ、そこで渚先生に相談しようと思って」
渚 「はぁ…。でもいいんですか?」
春を見る
春 「えぇ」
渚 「そう。本人がいいと言うなら、僕は大丈夫だと思いますけど…。
男性のモデルも珍しくはありませんし…」
平塚 「じゃあ決定で。僕これからちょっと用事あるんだけど、渚先生もう帰りですか?」
渚 「はい」
平塚 「じゃあ永久くん、駅までお願いしてもいいかな?」
渚 「えぇ、分かりました」
平塚 「うん。じゃあ永久くん、来週からよろしくね」
春 「よろしくお願いします」
春、立ち上がり、頭を下げる
渚 「じゃあ行こうか」
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・廊下
廊下に出る渚と春
渚 「ちょっと寄って行くところがあるんだけど、いいかな?」
春 「えぇ」
渚 「あー、時間あるなら、教室も案内しようか、ついでだし」
春 「はい。お願いします」
歩いていく
渚M 「隣を静かに歩くその姿に、やっぱりいけ好かない奴だなと思った。
容姿は文句なしに良くて、それにあのA大に通っている。
加えてヌードデッサンのモデルまで出来るときたもんだ」
春 「先生だったんですね」
渚 「え?あぁ、非常勤講師だけど」
春 「もっとお若いかと思ってました」
渚 「あぁ、よく言われるよ。ガキ臭いって」
春、笑う
渚 「なに?」
春 「いえ、先生。僕のこと嫌いでしょう?」
渚 「えっ?いや、別にそんなこと」
春 「いいんです。僕第一印象悪いんですよ。嫌われることの方が多い。
でも先生には嫌われたくないな」
微笑んでいる春
笑っている春を見て戸惑う渚
渚 「だから、別に嫌いとかそんなじゃないよ。
人見知りするんだ。嫌な思いをしたならすまなかった」
春 「……」
悲しげに微笑む春
渚M 「このときも、やっぱり嫌な奴だと思ったんだ。
人を見透かすようなことも、それに俺が負け惜しみでしているように
思われたかもしれないことも。
それでも何故か、悲しそうに見えたのは、どうしてだろう」
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・教室
中に入る
渚 「ここが教室。ここでデッサンするんだ」
春 「綺麗ですね」
渚 「あぁ、ここはまだ新しいから」
春、教室に置いてある絵を見て周る
渚の描きかけの絵の前で立ち止まる
春 「これ、先生が描いてるんですか?」
渚 「あ、あぁ。そうだけど。どうして…」
春 「わかります。僕やっぱりあなたの絵が好きです。
さっき平塚先生にヌードデッサン見せてもらったんですよ。
凄く綺麗な線を描きますよね。まるで動き出しそうな」
渚 「そう…」
渚、照れて目線を合わせようとしない
それを見て微笑む
渚 「ど、どうしてモデルなんかしようと思ったんだ?
相手は同じくらいの年の子なのに。嫌じゃないのか?」
春 「いえ、そういうことは気にしませんよ。
皆真剣にやってるでしょ?」
渚 「そうか……」
渚 (なんか、こいつと話してるとやたらと惨めになるな……)
春 「そうだ、練習で今描いて下さいよ」
渚 「えぇ!?今って──」
春 「あ、何か予定がありますか…?」
渚 「無いけど、今…?」
春 「僕は大丈夫ですから」
微笑む春
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・教室
鍵を閉める渚
春 「鍵、閉めるんですか?」
渚 「い、一応な。嫌だろ、誰かに見られたら」
春 「……」
なんでもない顔をする春
渚 「嫌じゃないのか……」
春 「えぇ、別に」
渚 「ま、まぁいいから。じゃあ、えっと、ここに」
渚、机を並べて布をかける
渚 「服脱いで適当に座って、少し待ってて」
春 「はい」
渚、教室の隅にある棚を開けてレコードをセットする
ノクターンが流れる
渚 「じゃあ───」
机の上に裸で座っている春を見て一瞬言葉をなくす
渚M 「その日は夕日が特に鮮明で、窓から突き刺さるように入り込んでいた。
その陰陽は明らかに彼の美しさを引き立てていて、
俺はその時確かに思った」
渚 「始めるけど、寒かったら言ってくれ」
春 「はい」
渚M 「天使が目の前にいると」
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・教室
椅子に座って指示を出す渚
渚 「手、後ろについて。目線こっちに。あとは楽な格好になっていいから。
疲れたら言って」
春 「はい」
描いていく
春 「先生、こういうの、どれくらいやってきたんですか?」
渚 「人数?」
春 「えぇ」
渚 「どのくらいだろう。百を超えてから数えなくなったから」
春 「それは全部別の人?」
渚 「そうだね。同じ人も描いてるけど」
春 「男の人も描いたことがありますか?」
渚 「あぁ、あるよ。でも君程若い子は初めてだな」
春 「ふふっ」
渚 「こら、笑うな。もっとだるそうにして」
春 「はい」
渚 「……」
春 「いつも描くときはこうしてるんですか?」
渚 「こうって?」
春 「ノクターン」
渚 「あぁ、曲は流すよ。退屈するだろ」
春 「僕は大好きだけど、こういうの眠くなる人もいるんじゃないですか?」
渚 「あぁ、何度もうとうとされたことがあるよ」
渚、笑う
春 「やっぱり」
渚M 「初めは適当に描くつもりだった。
さっさと終わらせて、帰ればいいと思った。
それなのに、描かなければいけないと思わされた。
今までに無いほど真剣に、俺は鉛筆を走らせた」
目が合う
渚M 「こんなこと一度も感じたことはなかった。
描き出すと照れだなんて感じている暇は無くて、
一度も、目を逸らしたいと思ったことは無かったのに。
この目に見つめられると、心の奥底を見透かされそうで、
怖くて仕方なかった」
渚M 「それなのに、描き終えた頃には、彼に対しての嫌悪感などまったく無く、
ただただ、疲れ果てていた」
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・教室
服を着終えた春
渚 「どうぞ」
絵を渡す
春 「わぁ……すごい。ほんとに凄いですね…」
絵に見惚れる春
渚 「ありがとう。それよりこんな時間だ。家、大丈夫か?」
春 「えぇ、僕が言い出したことですし。これ、頂いていいんですか?」
渚 「あぁ」
春 「はやと……」
渚 「え?あぁ、サインか。びっくりした」
春 「ふふっ、これ宝物にします」
渚 「そんな大げさな」
渚M 「こんなに無垢に笑う彼に、俺が勝てるはずが無かったんだ。
あの賞は、彼が貰って当然だった」
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・教室
渚M 「一週間後、予定通り授業でヌードデッサンを行うことになった。
もちろん彼がモデルとして来た。
彼ほどの容姿となると、きっと女子の黄色い声が飛び交うのだろうと思った。
が、なるほど、彼が言った言葉はこういうことだったのかと
思い知らされるほどに、教室内は静まり返った」
黙って、デッサンをとる生徒
教室の真ん中の布の引かれた机の上に座っている春
渚M 「言葉をなくすほどなのだ。
彼の容姿は、それほど美しかった」
教室の一番隅でデッサンをとる渚
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・廊下
渚、教室の鍵を閉めようとしている
生徒A「せんせっ!今日のデッサン見せて!」
渚 「え?あぁ、はい」
渡す
生徒A「やっぱり凄い!あたしお世辞抜きにせんせの絵好きだわ〜」
生徒B「ほんとだ〜。でもさ、あんな綺麗な人がくると思ってなかった!」
生徒A「あたしも!せんせ女だって言うからそうだと思ってたのに。
それにあれってあの永久春でしょ?」
渚 「いや、あれは平塚先生のって、そうそう。君たちちゃんとアンダーヘアも描きなさい」
生徒B「え……だって…」
生徒A「ねぇ…」
渚 「ハハハッ、いや、毎年そうなんだって。
皆最初は描かないんだ。なんでだろーな?」
渚、笑う
生徒B「なーんだ。ってかせんせはどうだったのさ?初めて描いた時」
渚 「俺?俺は描いたよ」
生徒A「そりゃせんせは描いてるでしょー。あれだけ描いてるんだもん。
好きなんだよね?ヌードデッサン」
渚 「あぁ、好きだよ」
生徒B「アハハッ!」
渚 「何笑ってんだよ。別にいいだろ」
生徒A「まっ、これだけ綺麗に描けるんだもんね。文句言えないわ」
渚 「君たちも頑張りなさい」
生徒B「はーい」
生徒A「じゃーね、さようなら」
渚 「あぁ、さようなら」
生徒、去っていく
鍵を閉める渚
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・事務室
事務室へ入る渚
渚 「平塚せ──」
春がいる
渚 「あれ?平塚先生は?帰った?」
春 「はい、さっき」
渚 「君は?俺に用?」
春 「よければまた一緒に帰ってもらえないかなぁと」
渚 「あぁ、いいよ」
春、微笑む
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・街
夕暮れ時、誰もいない道を歩いている二人
渚 「どうだった?初モデルは」
春 「はははっ、初めては先生ですよ」
渚 「あー、そっか。でもあんな大勢に見られるのは違うだろう。
やっぱ嫌だなとか思わなかったのか?」
春 「えぇ、特には」
渚 「へぇ、若いのに肝座ってんなぁ」
笑う渚
春 「でも先生と二人の時のほうが楽しかったな」
渚 「え?」
春 「また描いてください。僕のこと」
渚 「あ、あぁ。別に、いいけど…」
渚M 「彼が笑うと後ろに夕日が沈むのを見た。
俺より高い身長で、俺を少し見下ろしている」
春、頬に触れる
渚M 「触れる指先が冷たくて、汗ばむ肌をただ、そう、
自然に、当たり前の様に、
撫でると彼は、口付けた」
キスをする春
渚 「……」
春 「さようなら」
渚M 「立ち尽くす俺を放ったまま、彼は帰っていった」
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・教室
窓際で画板の前に座っている渚
生徒A「せーんせっ!」
渚 「うわっ!」
生徒A「そんなにビックリしなくても…。どうしたの?今日なんかすっごいボーっとしてるけど」
渚 「え…?あ、いや、そんなことは…」
生徒A「何ですかこれ?」
渚の前に置かれたスケッチに
めちゃくちゃな線が描かれている
生徒A「情緒不安定…?」
渚 「ちち、違う!これは…そう、うるさいセミの声を…!」
生徒A「なるほど。情緒不安定ですな」
生徒A、去っていく
渚 「だからっ!………はぁ…」
渚M 「あの日からずーっと、いや、あの授賞式の日からかもしれない。
頭の中から出て行ってくれない。
何をしていても、何を考えていても、彼がどこかにいる。
週に一度しか会えないのに、それなのに、
暇があれば、彼が受賞した作品を探してみたり、
あの時のデッサンを眺めていたりするのだ…」
頭を抱える渚
渚 (あぁ…俺は変態だ…!)
渚M 「そんな一週間をすごして、とうとう明日はデッサンの日だ…」
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・教室
春、机の上にいる
デッサン中
教室の隅でデッサンしている渚
渚 (描けばいいんだ描けば!描いてれば集中できる!)
春と目が合う
渚 「っ!」
手の力が抜けて、無意味なところに太い線が入る
渚 「〜〜〜〜〜っ!」
渚 (どうしてっ…!どうして俺は反応している…っ!)
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・教室
生徒達が帰っていく
生徒B「せんせーばいばーい」
生徒A「さようならっ」
渚 「はい、さようなら……」
疲れた顔をして手を振って、教室の整理をする
失敗したデッサンを手にする
渚 「はぁ……」
春 「あれ?今日は酷いなぁ……」
渚 「うわわっ!」
背後にいる春
渚 「ななな、何…!」
春 「先生、今日はどうしたんですか?調子悪い?」
渚 「ち、違う…!これは……」
春、笑う
春 「分かってますよ。先生、僕のこと気になるんでしょう?」
春、指で渚の顎をなぞる
渚 「っ……な、なんで…?」
春 「一週間。僕のこと、考えてくれました?」
渚 「どうして…こんなことっ…」
春 「ふふっ、どうしてでしょう?」
渚 「〜〜〜っ」
春に圧倒される渚
春、笑うとするりと脇を抜けてまだ残してあった台に触れる
春 「ねぇ先生。描いてください。僕を」
渚 「え……」
春 「絵の中に、閉じ込めてください」
渚 「……」
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・教室
夕暮れ時
花のワルツが流れる教室
机に座っている春
デッサンをとる渚
渚M 「このとき、俺はもう落ちてしまっていた。
彼の魅力に、美しさに、抗うことなんか出来るはずも無くて。
ただ控えめに流れるワルツが、耳を掠めていくのも
無音に等しく思えた。
筆は軽やかに進んでいく。
こんなにも目の前で、一糸纏わぬ姿で自分に視線を向ける彼を
俺はどうにかして自分の手の中に収めようと必死だったんだ」
春 「あなたの描いているときの目。凄く好きです」
渚 「そう?」
春 「今までその目を百を超えるほどの人が見たんだと思うと、
妬けてしまうな」
渚 「……」
照れる渚
春 「ねぇ、先生。こんなことを言うと、先生は怒ってしまうかもしれないけど、
あの時の賞。僕はやっぱり先生が貰うべきだったと思うんです」
渚 「それはないよ」
春 「いいえ。僕はあの絵を見て、こんなにも綺麗な空は見たことが無いと思ったんですよ。
本当に。この絵を描いた人はどんなに綺麗な目をしているんだろうって。
その目で僕を見てほしいと、思ったんです」
渚 「君は不思議なことを言うね」
笑う渚
春 「…ねぇ、先生」
渚 「ん?」
春 「あなたのその目に、僕はどんな風に見えていますか?」
渚 「……」
渚、手を止める
春 「あの空の様に、綺麗に映っていますか?」
春を見てふと目を逸らす渚
顔が真っ赤になっている
渚 「当たり前じゃないか…」
ボソっと呟き、また描き始めると
春、机から下り、後ろを向く
渚 「おい…?まだ──」
春 「ごめんなさい」
春、髪をくしゃっと掴んで首を振る
渚 「どうしたんだ…?」
傍にあった服を掴むと振り返らずに話す
春 「ごめんなさい。その……嬉しくて──」
顔を少しだけこちらに向ける
頬が赤くなっているのが分かる
渚M 「もう限界だった」
渚、鉛筆を床に落とし
そのまま春に近づく
春の腕を掴んで振り向かせる
春 「先生──」
反応してしまっている春
隠す暇も無く、渚、春の頭を持って
下からキスをする
渚M 「絵の中に閉じ込められるのなら、今すぐにでもそうしてしまいたかった。
自分だけのものにして、いつまでも離したくなかった」
春、渚を抱いて自分優位なキスをする
渚 「ん…っ…」
渚M 「見上げるキスは、とても甘くて、目を閉じていても分かるほどに
辺りはオレンジ一色だった」
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・教室
春、机の上に座ってその前に渚が膝立ちし、
春のものを咥えている
春 「先生……っ…」
渚 「ん……」
渚、見上げる
渚の髪を撫でている春
春 「僕…嬉しくて……どうにかなってしまいそうだ…っ…」
渚 「どうにか?……んぅ……なってくれ……」
春 「先生…」
渚の頬を触り、離させる
渚 「……よく、なかった…?」
春 「違います…こっち、来て」
渚を立たせ、抱き寄せる
キスをする
渚 「っ……ん…永久…」
春 「名前で呼んでください」
春、微笑むともう一度キスをする
渚 「春……」
春 「はい」
もう一度微笑み、キスをしながら
渚のズボンに手を掛け、渚のものを出す
渚 「あ、あの…っ」
照れる渚にキスしながら二人のものを擦り合わせる
春 「先生も気持ちよくさせてあげたいから……」
渚 「春……っ…ぁっ…ん…」
春 「先生…っ……いいですか…?」
渚 「ぅっ、ん……ぁぁっ……そこ…っ…」
春 「ここ…?」
渚 「あぁっ……っ…だ、めっ……」
春、渚の反応を見て意地悪く笑う
渚、春の頬を両手で包みキスをする
渚 「は、るはっ…?気持ち、いい……?んっ……」
春 「えぇ……っ、あなたにそんな目で見つめられているだけで…
今にも射精しそうなほどに……っ…」
渚 「なっ……そ、そんな…ぁっ…恥ずかしいこと…っ…言うな…」
春 「ふふっ……ほんとですよ…っ…」
春、早める
渚 「っぁ、あっ……だめだっ…もうっ……!」
春 「いいですよ…っ…僕も…もう……」
渚 「んっ…や、ぁぁっ……はる…っ」
春 「先生っ……!」
渚 「ぁぁ、っ……んっ、あぁ────っ!」
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・教室
外はもうすっかり暗くなっている
描きかけのデッサンを見ている渚
後ろから春が抱きつく
渚 「永久……」
春 「先生…、春って呼んでくれないんですか?」
渚 「え?あ……でも…」
春 「二人の時だけでいいですから…」
春、後ろを振り向かせ、キスをする
渚 「…っ……わ、わかった…」
春 「ふふっ。ねぇ、先生」
渚 「ん?」
春 「僕、キスしてもいい人と、ダメな人が分かるんです」
渚 「なんだそれ?じゃあ俺はいい人?」
春 「いいえ」
渚 「え?じゃあ……」
春 「分からなかったんです。初めてです、こんなこと」
春、笑う
渚 「?どういうことだ?」
春 「あの絵の前であなたを見たとき、可愛い人だなって思って、
次の瞬間にはもうキスしたくてたまらなかった」
渚 「〜〜〜っ…」
真っ赤になる渚
春 「でもいつものように『あぁ、この人はきっと怒るだろうな』とか
『この人なら大丈夫』だとか。そんな風に思えなかったんです。
あなたの気持ちが全然見えなかった」
渚 「……」
春 「授賞式で先生、一度も僕と目を合わせてくれなかったでしょう?」
渚 (からかわれたと思ってたからな……)
春 「それから気になって仕方なかった。
どうすればあの人の視界に入れるだろうかとか、
そんなことばかり考えてて、他のことが手に付かなかったんです。
こんなことも初めて」
笑う春
春 「平塚先生の所に行って、あの事務室に飾ってあるデッサンを見つけた時、
これは先生が描いたものだって、すぐに分かった。
絵の中の女性は幸せそうでした。
僕もあの中に入りたいって、思ったんです」
渚 「え?」
春 「ふふっ、平塚先生にこの人と会いたいって言ったら、
デッサンの授業があるって教えてもらって、すぐに僕お願いしたんですよ」
渚 「え?じゃあ俺に描いて欲しいが為にモデル引き受けたのか!?」
春 「えぇ」
渚 「はぁ……」
春 「だって、そうでもしないとあなたに会えなかった」
渚 「でも…」
春 「気にしないでください。僕これでも楽しんでるんですよ?
嫌だなんて思ったこともないです。みんなの真剣な表情をみるのも
勉強になるし、あの時間はとても楽しいです」
渚 「そうか…」
春 「先生が自分以外の人に僕を見られるのが嫌だっていうなら、
断りますけど」
春、笑う
渚 「いや、それは、困る……」
春 「嘘ですよ。引き受けたからには先生が嫌だって言っても最後までやるつもりです。
それに僕はこの時間が待ち遠しくてしかたない」
渚の頬に触れる
渚 「……」
春 「あなたに会えるこの日だけを思って僕は今生きています」
渚 「……」
春 「あなたが好きでたまらない」
春、キスをして抱きしめる
渚 「春…」
春 「本当は不安でしかたなかったんです……
こんなにも相手のことがわからなかったのは初めてだし、
先生は僕のこといいようには思っていなかった。
でも僕はあなたのことを思わない日は無くて、
もういっそのこと消えてしまった方が楽になれるんじゃないかって……」
渚 「馬鹿なこと言うな…君が消えてしまったら俺はどうすればいい?」
春 「えぇ、もう大丈夫」
微笑む春
春 「消えてしまうときはあなたも一緒ですよ」
キスをする
渚 「うん…」
もう一度キスをして笑い合う二人
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第二章
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・教室
デッサン授業中
机の上に寝転んでいる春
隅からデッサンしている渚
渚M 「それからの俺達は、なんの変わりも無かった。
週に一度、デッサンの授業の為にこの学校へ来る彼と、
放課後にまたこの場所で二人だけでデッサンをとる。
相変わらずレコードをかけながら、他愛も無い話をしながら」
窓から風が入り込む
窓の外を見る渚
渚M 「このとき、俺には先のことなんか考える余裕はなかった。
今が幸せだったから。
夢から完全に目を逸らそうとし始めたのはこの頃からだ。
今まで追い求めていた、賞を得ることをどこかで諦めていた。
欲しいものが手に入ったからなのかもしれない。
このときは確かにそう思っていた」
夏の日差しが眩しい空を見上げる
渚M 「俺はただ、彼を逃げ道に選んでいただけだ……」
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・教室
渚 「春……もう、お願いだから、手、動かさないで……っ」
春 「でも、気持ちいいでしょ…?」
渚 「だって…こんな…」
渚、春の上に騎乗位になっている
手には紙と鉛筆
デッサンを取らされている
春、渚を触っている
春 「だめだよ、ほら、描いて?」
渚 「こんなのっ……無理だ…ぁっ」
春 「描いてくれないといつまでたってもこのままですよ…」
渚 「や、だっ……おねがいだから…あとでちゃんと描くからっ……」
春 「だーめ、ホラ、僕のこと、描いてください…いつものように…」
渚 「もう……むりっ……」
渚、紙と鉛筆を床に落とすと
春に抱きつき腰を振る
渚 「んっ…ぁぁっ……あっ」
春 「先生、いけない人ですね…」
春、起き上がり対面座位になると
渚を抱きしめながらキスをする
渚 「だってっ……は、るがっ…ぁぁっ」
春 「あとでお仕置きですよ…?」
渚 「なんでもっ、なんでもするからっ……はるっ…おねがい……もっとっ…」
春 「可愛い人だ……」
渚を寝かせ、正常位になる
春 「先生っ……」
渚 「はる…はるっ……」
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・街
夜の道
春 「先生」
渚 「ん?」
春 「お願いがあるんですけど……聞いてくれますか?」
渚 「うん。なに?」
春 「僕、先生の家に行ってみたい……」
渚 「あぁ……」
春 「だめですか…?」
渚 「散らかっててもいいんなら…」
照れて目を合わせようとしない渚
春 「ほんとに!?やったぁ!」
春、笑う
渚 「そ、そんなに喜ぶことか…?それに、狭いぞ…」
春 「そんなの気にしませんよ」
春、嬉しそうに笑う
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・自宅
家に入ってくる渚と春
渚 「ある程度片付けたんだけど…画材が片付けらんなくて、
足元気をつけて」
春 「いいですよ。お邪魔します」
所々に置いてある画材
春 「さすが先生ですね、僕の部屋よりいろんなものがある…」
渚 「はははっ、それ散らかってるってことだろ」
笑う渚
春 「違いますよ。それに先生の匂いがする」
渚 「君ねぇ…」
春 「ふふっ。あ…」
コンクールの応募告知用紙を見つける春
春 「これ。締め切り来週ですよね?もう出されたんですか?」
渚 「あぁ……それ…」
渚、コーヒーを入れている
渚 「今回は見送るよ。仕事忙しかったからさ」
春 「……そうですか」
渚 「君は?出したの?」
春 「いいえ、僕は元々こっちの方じゃないですから…」
渚 「そう」
春 「あの、先生?もし僕と会ってくれるために描く時間を割いているのなら
僕のことは後回しにしてください。
僕、先生の──」
渚、キスをして言葉を遮る
春 「先生……」
渚 「春は俺と会いたくないの?」
渚、春のシャツのボタンを外していく
春 「いえ、そんなことは」
渚 「じゃあそんなこと言わないで。俺のことなんか気にしないでいいから。
それよりさ、しよう?」
渚、春のものを取り出し、咥える
春 「先生…」
渚 「俺もう我慢できない……春が早く欲しい……」
春、渚の髪を撫でながら悲しげに笑う
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・自宅
ベッドで寝ている二人
渚、春に抱き込まれて寝ている
天井を見ている渚
渚M 「彼とこうなるようになってから、目に映る風景が変わった気がする。
今まではもう少し鮮明に見えていた。
青は透き通るほどの青で、赤はそれこそ真っ赤。
黄色は今にも咲き乱れそうな鮮やかな黄色に見えていた」
寝返りを打って春の方を見上げる
渚M 「今では目の前に靄がかかっているようで、
すべてが白く滲んで見える。
だから描くものすべてが滲んでしまう。
こんなことでは、受賞なんか出来たものじゃない。
でももういい。今はいい。
この美しい人が目の前にいる限り、もう何もかもどうでもよくなる」
春、目を覚ます
春 「先生……起きてたんですか…。今何時?」
渚 「まだ四時だよ…」
春、渚を抱きしめてキスをするとまた目を閉じる
春 「今日仕事は?」
渚 「無い。君も今日は休みだろ?」
春 「はい……」
春、また眠りにつく
渚、春の頬に触れる
渚 「君はどうしてそんなに綺麗なんだ……」
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・自宅
カーテンから朝の日差しが差し込んでいる
裸のまま、タオルケットを背中からかぶり
ベッドの横の床に座り、まだ布団の中で眠っている春の寝顔を
スケッチブックに描いている渚
渚 「……」
春 「人が寝てる隙に何を真剣な顔して描いてるんですか?」
スケッチブックに目を落としていると春が笑いながら目を覚ます
渚 「ふふっ、君があまりにも可愛い顔して寝ているからね。
間に合ってよかった」
笑いながらサインをして春に見せる
春 「僕こんな顔して寝てたんですか…」
照れる春
ベッドに入り、隣に寝る渚
渚 「うん。可愛いだろ?どんな夢をみていたの?」
春 「あなたをいろんな手を使って啼かせる夢ですよ。
正夢にしましょうか?」
春、渚の上に被さりキスをする
渚 「あぁ……春……」
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・A大廊下
渚M 「それから彼とは、時間があれば体を重ね、
隙を見ては彼の絵を描いていた。
時間が無くても無理にでも作っていた気がする。
眠るよりも、食事をするよりも、彼の体温を感じていたかった。
そうしないと、もう生きている気がしなかったんだ。
俺の生活のほとんどが彼だった」
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・A大アトリエ
春、眼鏡をかけてアトリエで一人作業をしている
台の前に置いてある等身大サイズの女性像
様々な物で飾られており、シンプルなウェディングドレスを着せてある
作業台の上でティアラを作っている
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・A大アトリエ
廊下からアトリエの中の春を見て言葉をなくす渚
渚M 「その時、一瞬にして目の前の風景が変わっていったことを覚えている」
女性像に命が吹き込まれ、
楽しそうに笑っている姿が見える
渚M 「銅で塗られたその無表情な像が、幸せそうに笑っていたんだ。
結婚式の準備をしている中、家族と、友達と、
楽しそうに未来を語り合っている様。
もうすべては整って、あとはあのティアラを乗せるだけだ。
何もかもが幸せで、世界が色とりどりに変わる瞬間。
それを彼は一瞬で沸き立たせる物を作っていた……」
春 「先生」
こちらに気がつき、腕の袖で額の汗を拭い笑う春
渚M 「俺は…彼にどうして勝とうとしていたんだ……」
春 「どうしてここに?」
渚 「……」
春 「先生?」
春、近づいてきて渚の顔を覗き込む
渚 「あ、いや…、平塚先生に頼まれて、用事ができたから…
顔見ていこうと思って…」
春を見ずに、像を見ている渚
渚M 「ちゃんと声が出ていなかったはずだ。
声も、それを確認する耳さえも、きちんと作動してくれなかった」
春 「それなら一緒に帰りましょう?今片付けますから」
渚 「いや…いい…」
額から汗が流れ、春の顔を見れないでいる
春 「先せ──」
渚 「帰る」
渚、そのまま走っていく
春 「先生!」
渚M 「描かなきゃいけない。そうじゃないと、俺はもう何も出来なくなる──」
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・自宅
飛び帰ってきて、書類の沢山積み重なったところを
一心不乱に何かを探す
出てきた一枚の応募用紙
渚 「あと三週間……」
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・自宅
絵を描き続ける渚
留守番電話を知らせるランプが光っている
渚M 「俺は今まで何をしていたんだろう。
あの日、あの賞を取り逃がした日。
本当は自分でも分かっていた。
もうこれ以上なんか描けっこないんだって。
諦めた。
もう何もかもほっぽりだして、絵なんか描かない生活になってしまいたかった。
彼という逃げ道を見つけて、それで安心したんだ。
逃げる理由が出来た。
責められれば彼のせいにすればよかった。
ずるいことを…ずっと。
彼に抱かれながら、頭の中で、考えて、安心してたんだ──」
電話が鳴る
が、出ようとしない
留守番電話になる
春 『春です。先生、家にいないんですか?聞いたら電話ください』
真剣な顔をして、泣きながら描き続ける渚
渚M 「いつからこんなに弱くなっていたんだ俺は。
彼が電話をかけてくるたびに、彼にすがりたくてたまらなくなった。
あの甘い声が、愛しくてたまらなかった。
でも考えるたびに描けなくて、前みたいに色が綺麗に出てくれない。
俺の前にかかった靄は、どんどんどんどん濃くなって、
青も赤も黄もすべてが真っ白に溶かされていく。
もう描けない。なにも描けない。何も描けない──」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・自宅
画板の前で泣いている渚
インターホンが鳴っている
渚 「っぅ……ぅ……」
春 「先生。先生?」
扉の向こうから聞こえる声
渚、玄関の方を見る
渚 「は…る……」
春 「先生?いるんでしょう?先生」
渚 「春……」
ずるずると立ち上がり、玄関の方へ行く
渚 「春……」
嗚咽を漏らしながら泣いている渚
春 「先生?どうしたんですか?何かあったんですか?開けてください」
渚 「あけ、られない……」
春 「?閉じ込められてるんですか?」
渚 「ちが……」
春 「どうしたの?僕じゃあどうにもしてあげられない?」
その声を聞いてまた泣き出す
春 「先生。開けてください。ここからじゃあ抱きしめてあげられない」
渚、鍵を開ける
それと同時にドアを開け、渚を抱きしめる
渚 「ぅぅっ……っず…ぅあぁ……」
春 「先生。どうしたの?ねぇ、泣かないで」
渚 「お、れ……ぅっ…俺…もう…」
春 「うん」
渚 「なにもっ……描けな、い……描けな、くっ…なった…
はるに、……にげようと…して…もう…描きたく…なくて…」
春 「うん」
渚 「君は……あんなに、すごい…のにっ……」
春 「うん」
渚 「おれ……描けなくなったら…なんにも…残らない……」
春 「うん」
渚 「どうし、よう……はる…どうしよう…」
春 「大丈夫だよ。先生。大丈夫」
渚 「ぅっ…ぁっ……うあっ……ぅぅ…」
春 「大丈夫だよ。大丈夫だから」
渚M 「ずっと、大丈夫とそれだけしか言わなかった。
抱きしめられ、背中をぽんぽんと撫でられる。
その心地よさに、懐かしい何かがあった。
春がいれば救われる。
彼さえいれば大丈夫なのかもしれない。
そう思って、俺は安心していつの間にか彼の腕の中で眠りに落ちた」
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・自宅
ベッドで眠っている渚
いい匂いが漂ってくる
酷い顔をして目を覚ます
渚 「…ん……」
春 「先生!お腹すいたでしょ?ご飯食べましょう?」
満面の笑みで話す春
渚 「お、なか……?」
春、ベッドに腰掛けると渚の髪を撫でる
春 「そう。お腹一杯になって元気になったら、話いっぱい聞いてあげるから。ね?」
春の笑った顔を見るとまた涙を流す渚
春 「あー…先生。ホラ、起きて。僕の作った魔法の料理で絶対元気になるから」
春、渚を抱きしめ、起き上がらせる
春 「大丈夫だよ。僕がずっと傍にいるから。何にも怖くないよ」
渚 「うん…」
渚、春に手を引かれて泣きながら席に着く
春、隣に座る
涙を拭いて箸を握ると、出された料理を口に運ぶ
渚 「おいしい……」
春 「ふふっ、ね?元気でるでしょう?」
春、ぐちゃぐちゃの渚の髪を整えながら笑う
渚 「うぅ……」
春 「あれ?魔法きかなかった…?」
渚 「ううん」
春 「よかった」
渚 「おいしい…」
泣きながら食べる渚
それを微笑んで見ている春
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・自宅
風呂に入れられた渚
渚の頭をタオルで拭きながら話を聞く春
渚 「君のせいにすればいいと思ってた……」
春 「……」
渚 「あんなに綺麗な絵に勝てるわけがないんだ。
俺が悪いんじゃない。あの時は君があんなに綺麗な絵を描いたからだ。
誰だって敵うわけない。だから俺のせいじゃない。
俺の絵が悪いわけじゃない。俺はあの絵で精一杯だから。
だからもう描けない。そうしたのは君のせいだ──」
春 「……」
渚 「でもそうじゃないって、君の作ってるあの像を見て、思い知らされた」
渚、顔を上げて春を見る
渚 「君の愛情が込められてた。あれには、愛がある……」
微笑みながら涙を流す
渚 「俺の絵にはそれがない…。いつの間にか、作業的に描いてた。
何のために描いてるのかも、分からなくなって、
ただ期日までに描きあげればいいと思い始めてた。
でも君の像を見て、そうじゃなかったって思い出したんだ」
渚 「君に逃げてればいいと思った。
君さえいてくれればもう何もいらないって思った。
君に触れて、抱かれて、君の体温だけを感じてるのが幸せだった。
でも君には君の時間があった。
俺の時間はもう君しかなかったのに…」
渚 「でも、あの像を見て、あれを作る君を見て、
このままじゃ駄目だ。描かなきゃいけないって。
怖くなって、なんでもいいから描かなきゃ俺、もう何にも残らなくなるって思って」
渚 「だけど……鉛筆持っても、描けなかった……。
前はどうやって描いてたのか、思い出せないんだ…」
春 「え?」
渚 「何かを考えながら描いてたのか、それとも無心で描いていたのか。
色を重ねるたびに真っ白に戻っていくんだ。
描いてるのに、何にも埋まらなくて……」
渚、涙が流れる
それを拭いてあげる春
渚 「そしたら下絵にさえ、何が描いてあるのか分からなくなった」
春、渚の後ろの向こうにある画板を見る
殆ど何も描かれていない
渚 「目の前が真っ白で、筆を持つ手が震えて、怖くて…怖くて…」
手が震えている渚
渚 「でも…君に会ったらもう、それこそ終わってしまうって思って…」
頬を撫でる春
渚 「君の声を聞くたびに涙が出た。
こんなにしたのは君なのに、君に会いたくて仕方なくて。
でも描かなきゃいけなくて、描けなくて……」
泣き続ける渚を抱きしめる
渚 「君が綺麗だって言ってくれた空は、もう描けない……。
俺にはもう何の価値もなくなってしまった…」
春、画板の横に無造作に散りばめられたスケッチを見つける
春のことばかりが描かれたスケッチ
少し笑いながら話す
春 「先生?あなたはいつだって僕のことは描いてくれたじゃないですか。
僕が恥ずかしいって言っても、いつだって僕の寝ている隙に、
僕の寝顔を描いていたじゃないですか」
渚 「え……?」
春 「それはあなたが僕を愛してくれているからだ」
渚 「……」
春 「僕は今最高に幸せです。あなたがこんなにめちゃくちゃになってくれたことが」
渚 「春…」
春 「それは僕のせいだって言うんだから。こんなにも嬉しいこと、生まれて初めてだ」
渚 「……」
春、離れて渚の目を見る
春 「ねぇ、先生。あなたが生み出すものに愛を注げないのなら、
今は僕に全部ください。それでいいじゃないですか。
今は僕しか愛せないのなら、それでいいんです」
渚 「春…?」
もう一度抱きしめる
春 「僕は酷い男ですよ」
渚 「え?」
春 「あなたがこんなになって喜んでるんですから。
あなたが僕に責任を持たせようとしていることなんて、可愛いと思えるくらいに」
渚 「……」
春 「だから大丈夫。何も心配しないで。全部僕に押し付けていい。
お返しに、僕はあなたを、あなたのすべてを愛してあげるから」
春、キスをする
春 「ね?」
春、笑う
渚 「ぅっ……うぁっ……ぅぅ…」
号泣する渚
笑いながらなだめる春
春 「さぁ、髪を乾かしたら出かけましょう!」
渚 「…え…?」
春 「デートですよデート」
笑う春
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・街
夕暮れ時
大きな公園を歩いている二人
渚、目がはれて酷い顔をしている
眼鏡をかけて隠している
渚 「もうこんな時間だよ…?どこ行くの?」
春 「こうしているだけでもデートですよ」
春、手を繋ぐ
渚 「…誰かに見られるよ……」
春 「えぇ、見せてあげましょう?」
渚 「〜〜〜っ」
春 「ふふっ」
春の笑っている顔を見上げる
空を見ている春
渚M 「見上げた笑顔は、どうしようもなく安心できた。
彼はこの年でどうしてあんなにも大きい心を持っているんだろうと不思議に思った。
それと同時に自分が惨めでしかたなく思えた」
春と目が合う
渚M 「もう彼なくしては、生きていられない」
春 「先生、イタリアに行ったことありますか?」
渚 「あ、あぁ。一度だけ」
春 「ほんと?どんなところでした?」
渚 「綺麗だったよ。部屋から見える海が最高でね、住むなら海の近くがいいと思ったな…」
春 「そうですか……いいなぁ…」
渚 「興味あるのか?」
春 「えぇ、あなたと二人でその海を見てみたい」
春、キスをする
渚 「なっ、──っ」
渚照れる
それを見て微笑む春
渚 「……」
空を見て立ち止まる渚
春 「?先生?」
渚 「今なら…描ける気がする……」
春 「そう?なら帰りましょう」
微笑む春
渚 「うん」
笑いあう二人
渚M 「彼といる時は、いつだって夕日が後ろで輝いていた──」
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・教室
教室で一人、作業をしている渚
ラジオから「君に、胸キュン。」が流れている
生徒A「せーんせっ、おめでとう!見たよ『夕暮れ』」
渚 「え?あぁ、ありがとう。っていっても審査員特別賞だよ」
生徒A「なんでも賞は取れることが凄いじゃん。あたしなんかぜーんぜん」
渚 「これからだよ。それに君の水彩象徴画。凄くいいよ」
生徒A「ほんとにぃ!?あぁぁ……嬉しい……」
渚 「はははっ、頑張って」
生徒A「うんっ!ありがと。そういえばさ、せんせのつける題名ってなんでいつも
あぁ簡単な名前なの?」
渚 「えぇ?いや、別にさ、難しい名前付けるのもなんだし……」
生徒A「もっとさ、『赤く色づく花』…っとかさっ」
渚 「なにその恥ずかしい名前…」
呆れる渚
生徒A「えぇ!?いいじゃんいいじゃん!」
渚 「じゃあ君の『赤く色づく花』期待してるよ」
生徒A「あぁ、それいいね。じゃああたし次の題それにしよーっと」
渚 「はははっ」
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第三章
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・教室
机の上に寝ている春
デッサンを取っている渚
戦場のメリークリスマスが流れている
渚 「ねぇ、今日近くないか?」
すぐ隣に座っている渚
春 「いいじゃないですか、たまには」
渚 「でもここからだと、ほら、この辺までしか入らないよ。
下脱ぐ必要ないんじゃ……」
春 「じゃあ下だけ描いて」
渚 「〜〜〜っ、君ねぇ、こんな趣味みたいなデッサンで
下半身だけの絵なんか残してて誰かに見つかれば
きっと俺は危ない趣味があると思われるよ…」
春 「自慢してくれればいいんですよ。これは俺だけのモノだって」
笑う春を見て呆れる渚
渚 「それ本気で言ってるのが怖い…」
春 「僕はいつだって本気ですよ」
笑いあう
渚M 「夏の終わりを感じた、少し涼しい十月の初めだった」
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・教室
デッサンを見ている春
渚、片付けをしている
扉が開く
平塚 「いたいた!よかった。永久君、いい知らせだよ!」
春 「?」
平塚 「君の作品が最優秀賞に選ばれた!」
春 「……」
渚 「本当ですか!?良かったじゃないか!おめでとう」
春 「…ありがとうございます」
春、笑っているが嬉しそうじゃない
渚 「?…嬉しくないのか?」
春 「いいえ?」
渚 「……」
不思議そうに春を見る渚
平塚 「これでやっと君の夢が叶うね。本当におめでとう」
握手を求める平塚
春 「はい。ありがとうございます」
渚M 「あの器用な春が、明らかに表情を隠せないでいた。
一度も見たことの無い顔をしていた」
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・自宅
玄関を開けると春がいる
中に入る春
渚 「ねぇ…これ、どういうこと…?」
ブーツを脱ぐ春
戸惑いながら、受賞した作品が取り上げられている雑誌を出す
春 「どういうことって…?」
渚 「これだよこれ、君が作ったあの女性像」
春 「あぁ、あの時の物ですよ」
中に入っていく春
渚 「いや、それは知ってる。そうじゃなくて、題名だよ」
ソファに荷物を置く
春 「『渚』?」
渚 「〜〜〜っ!そう!どうしてこんな…!」
春 「どうして俺の名前なんだって?」
渚 「や、やっぱり…っ」
春 「そんなの、あなたを思って作ったからに決まってるでしょう?」
渚 「えぇ!?」
春 「それに、あれは厳密に言えば女性像ではなく、中性像ですよ。
胸もあるけど、ちゃんとペニスも付いている」
渚 「そ、そんな──」
春 「あなたとのウェディングを思って作ったんです」
春、意地悪く笑う
渚 「……」
真っ赤になって言葉をなくす渚
それを見て笑い、キスをする春
渚 「ぅぅ〜〜〜っ」
春 「隼人にしたほうがよかったですか?」
渚 「だ、駄目だっ!」
春 「はははっ」
渚 「もう。あ、そうだ、平塚先生が言っていた君の夢っていうのは?」
春 「……」
春、ぱっと渚を見る
渚 「春…?」
渚M 「見たことも無い目をしていた。
鋭く、悲しく、それ以上中を見るなと言われたような。
最初で最後だった。そんな目をする彼を見たのは──」
春、無言で渚の腕を掴むと
ベッドに押し倒す
渚 「は、春っ?」
何も言わずにキスをしながら
服をたくし上げ、体中に口付ける
渚 「っ…春…どうしたんだよっ……怒ってるのか…?」
春 「……」
渚 「ぁっ……」
渚M 「忘れていたんだ、彼がまだ十九歳だったってことを」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・教室
いつものデッサンしている二人
ノクターンが流れている
渚 「今日はこれくらいにしておこうか」
ペンを置く
春 「え…?」
渚 「心ここにあらず。君にしては珍しいね。何かあった?」
渚、タオルケットを春にかけて
片づけをしだす
春 「先生!待って!やめないでください!」
渚 「……。でも──」
春 「お願いです……」
渚 「……わかった。でも何があったのか話してくれる?」
椅子に座る
春 「……」
渚 「俺には言えない?」
春 「違うんです。でも、今はまだ…言えない……」
渚 「そうか」
春 「誤解しないで、先生が悪いわけではないんです。僕の…問題で…」
渚 「ううん、無理に聞こうとは思わないよ。でも心配だな」
渚、微笑む
春 「……ごめんなさい…」
渚 「そんな顔しないで。ホラ、描くんだろ?」
春 「はい」
描き始める
春 「先生」
渚 「ん?」
春 「先生の目は、どうしてそんなに綺麗なんですか?」
渚 「そ、そんなこと聞かれてもなぁ…」
照れる
春 「僕はその目に、その瞳の中に映っていれるだけで幸せです」
渚 「いっそのこと、中に入るか?」
渚、笑う
春 「それが出来ればどんなに幸せだろう……」
渚 「……俺は幸せ者だな」
春 「……」
渚 「もう授業もあと二回でお終いだ。今年は君のおかげで凄く楽しかった」
春 「…このまま…永遠にこのときが止まってしまえばいいのに…」
呟く春
渚 「え?」
春 「……」
渚、ペンを置き、春に寄り添って座る
髪を撫でる
渚 「そんなに悲しい顔しないで。何もこの授業が終わったからと言って
会えなくなるわけじゃないんだ。
俺の家でも会えるし、会いに行くよ。
今までと何も変わらない。
…その、君が描いて欲しいと言うのなら、このデッサンだっていつでもやるよ」
春 「先生…」
春、起き上がり抱きつく
春 「愛しています…」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・教室
デッサンの授業中
渚、生徒の間を歩きながら言う
渚 「この授業も来週で終わりです。
思い残すことの無いようにしっかり描いてください」
生徒B「せんせ、ここって、こうするのと、こうするのどっちがいい?」
渚 「あぁ、そこは──」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・事務室
渚 「お疲れ様です」
言いながら入ってくる渚
平塚 「お疲れ様。…はぁ〜……」
渚 「?どうしたんですか?」
平塚 「え?あぁ、いやね、どうしたもんだかなぁ…」
渚 「?」
渚、お茶を入れて平塚に出し、前に座る
平塚 「永久くんのことなんだけどさ」
渚 「はぁ、彼が何か?」
平塚 「どうしてだかずっと目標にしてた留学の話を断るって言い出したんだよ…」
渚 「え!?留学って…」
平塚 「あれ?先生聞いてませんでした?」
渚 「はい…」
平塚 「仲がいいからてっきり知ってるもんだと」
渚 「いえ、そういう話は…」
平塚 「今年の初めだったかなぁ、A大の築嶋(つきしま)先生が紹介したい生徒がいるって言って
彼がその生徒だったんだけど。
どうもイタリアへ留学したいらしくってね。
僕は昔あっちに留学していたから、経験者の僕にいろいろ相談に乗ってやってほしいって
頼まれたんだよ。そこで聞いてみたらあの実力だったからね、
向こうの知り合いに頼んでみたらいくつか条件を出されて」
渚 「条件?」
平塚 「そう。渚先生が優秀賞を取られたあの賞と、それにこの間の
最優秀賞を取ったあの賞でね、彼の実力を見てみようってことになって。
できるだけいい賞を取りなさいって、まぁ最優秀賞を狙えってことだよね。
そしたらこっちで面倒見てあげようってことになってたんだ」
渚 「それで彼は両方で最優秀賞を取った…」
平塚 「そう。最優秀賞なんかそう取れるものじゃないのに。
なーにがあったんだろうなぁ……。
まぁ、もう少し考えなさいって言ったんだけど」
渚 「……」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・大学内
公衆電話で電話をかける渚
呼び出し音が鳴る
母親 『はい、永久でございます』
渚 「あ、お食事時に申し訳ありません。K大の渚と申します。
春さんいらっしゃいますでしょうか?」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・自宅
扉を開ける渚
春がいる
春 「先生」
渚 「こんな時間に悪かったな、まぁ、入って」
春 「いえ…」
入る
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・自宅
リビングのソファに座っている春
机の上に置かれた有名な賞の応募案内を見つける
コーヒーを入れている渚
春 「これ、出すんですか?」
コーヒーカップを持ってくる渚
隣に座る
渚 「あぁ、挑戦してみようと思って」
春 「そうですか。頑張ってください」
渚 「うん…」
春 「……」
渚 「あー、話なんだけどさ」
春、目を合わせようとしない
渚 「……。どうして断ったんだ?留学の話」
春 「…平塚先生に聞いたんですか?」
渚 「あぁ、驚いたよ。どうして?めでたい話なのに。そのために頑張ってきたんだろう?」
春 「……」
渚 「実力が認められるなんて、凄いことじゃないか。
行って損はないと思うよ」
春、目を合わせない
春 「先生…、それは教師としての言葉ですか?」
渚 「え…?」
春 「それとも、恋人としての言葉…?」
目を見る春
渚 「……」
春、俯く
渚 「先輩としてかな」
春 「……」
渚 「羨ましいよ。俺にはそんな選択肢、選べさえもできなかった。
でも君にはそれほどの実力があるんだ。
まだ若いんだし、行くべきだよ」
春 「……そんな言葉…」
渚 「え…?」
春 「そんな言葉聞きたくない!」
春、頭を抱える
渚 「春──」
春 「どうして断ったかだなんて、あなたと離れたくないからに決まってるじゃないですか!
あなたはそれを分かって言ってるんですか?
僕は…あなたと少しでも離れたくないのに!」
春の叫び声に驚いて言葉が出ない渚
春 「デッサンの授業がなくなるだけでも、僕はもうどうしようもなく嫌なんです。
週に一度のあんなちっぽけな時間でも、僕にとっては幸せでしかたなかった…。
それがなくなるだけでも……嫌で嫌でしかたないんだ…」
渚 「……」
春 「それなのに…どうしてそんなこと言うんですか……。
先輩としての言葉なんていらない。
あなたは僕の恋人でしょう?
あなたのことをこんなに愛しているのに…」
渚 「そ、そんな……一生会えなくなるわけじゃ─」
春 「短期間じゃない、いつ帰ってこられるかもわからない。
ねぇ、先生」
渚の肩を掴む
春 「もう、僕はあなたの視界に入れるだけでは幸せにはなれないんです。
あなたをこの手の中に感じていられなければ、不安でしかたないんです」
渚 「春……」
春 「『必ず帰ってくるから、それまで僕を待っていて欲しい』だなんて言葉、
言えたらどんなに楽か…。
そんなこと言うくらいなら死んだ方がましだ!」
渚 「そんなこと言うなよ…。俺は待ってるよ。待ってられる。
君が約束してくれなくても、俺はずっと君のことをここで待っている」
春、涙を流す
渚 「春…」
首を振る春
春 「無理です」
渚 「どうして」
春 「僕が耐えられない…。あなた無しではもう生きていられない」
渚 「……俺もだよ」
渚、春の頬を伝う涙を拭う
渚 「俺だって、君無しじゃもう生きていられない。
君がいなくなると考えると、到底普通には暮らしていけないと思う。
でも、それでも……
君の夢を壊してしまうのなら、その原因が俺だっていうのなら
一緒にいたって辛いだけだ」
春、渚を見ながら首を振る
渚 「ずっと見てきた、ずっと叶えたかった夢を、
俺なんかの為に簡単に諦めようとしないでくれ」
春 「嫌だ……」
渚 「君がそれでも俺と一緒にいたいと言うなら」
春 「嫌です…それ以上言わないで…」
渚 「もう、終わりにしよう」
渚、涙を流しているが笑っている
春 「嫌だ!そんなの…無理だ…」
抱きつく春
渚 「これは君の恋人としての言葉だよ。
君の夢を叶えて欲しい。愛しているよ」
渚、深くキスをする
春 「愛してる。愛しています。だから…お願いだから…
僕の望む言葉をください…」
渚 「……」
春 「お願いです…先生……」
渚 「……」
春 「先生……」
渚 「…言えないよ……」
抱きしめる渚
渚M 「俺はもう夢も見れない大人だった。
『一緒に連れてって』だなんて、そんな夢みたいな言葉
言えたらきっと、幸せだった。
そして彼はまだ十九歳の子供だった。
子供なのに、大人なんだ。
俺がこのとき素直に彼の望む言葉を言っていれば、
明るい未来が待っていたのかな……」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・事務室
平塚に報告する春
一緒に渚もいる
平塚 「いやぁ、よかったよかった。君は行くべきだよ。
先生もね、とてもいい人だから心配することないよ。
とてもいい勉強になるだろう」
春 「ありがとうございます」
渚、微笑んでいる
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・教室
夕暮れの教室
レコードをかけるノクターンが流れる
春のほうを見ると服を脱ぎ終えたところで
下着を床に落とすところ
窓から入り込んだ夕日が春をオレンジに染める
渚 「……」
黙ったまま画板のところへ行き、椅子に座る
春、台にあがる
渚M 「最初からそうだった。彼はどんな宝石よりも、美しかった。
俺の絵を綺麗だと言った時から、俺は恋をしていたんだ」
渚 「じゃあ、最後のデッサン。始めようか」
笑う二人
春 「えぇ。一番綺麗に描いてください」
渚 「あぁ」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・教室
真剣な目をして描いている渚
春 「先生」
渚 「ん?」
春 「僕、一つ、あなたに嘘をついたんです」
渚 「嘘?」
春 「そう。『渚』は本当はあなたを思って作ってなんかないんです」
渚 「え?それは酷い嘘だね」
笑う渚
春 「あれは僕の願いの塊だった」
渚 「願い?どんな」
春 「『絶対に入賞しませんように』って」
渚 「……」
春 「そう願いながら作ってたんですよ。これさえ入賞しなければ、
僕はずっとあなたと一緒にいられるんだから。
だからずっと、あの像と向き合いながら心の中で話をしていたんだ」
渚 「へぇ、どんな話?」
春 「あなたの話。僕には大切な人がいて、君が入賞だなんてしてしまうと
その人と離れ離れになってしまうから、絶対しないでいようね。って。
僕らは隅の方で、二人だけで笑っていようって」
渚 「『渚』はなんて言ってたの?」
春 「ふふっ、『渚』はただ笑って遠くを見ていただけですよ」
渚 「それじゃあ君の独り言じゃないか」
春 「いいえ、『渚』は僕のこと、お見通しだったんです。
今思えばね」
渚 「どういうこと?」
春 「『渚』はやっぱり先生そのものだったんですよ。
僕は望んでもいないのに、勝手に僕の道を指し示すんです。
二人とも酷いんだ」
春、微笑む
渚 「それは俺に似ていい子だね」
春 「そうかな?ずっと遠くを見て笑っているんだ。
そして最後にあのティアラを乗せたとき、彼はやっぱり笑っていたんです。
綺麗な顔して、楽しそうに、幸せそうに…」
渚 「……」
春 「僕はその時、あの『青空』を見ました。
その下に『渚』が立って笑ってた。なんだか妬けたなぁ」
渚 「そう」
春 「先生」
渚 「ん」
春 「僕はあなたを愛しています。だから待ってなんかいないで」
渚 「……」
春 「僕はもうここへは帰ってこない」
渚 「……」
春 「あなたを愛しているから」
渚 「……」
渚、ペンを落とし、俯くと涙が床に落ちる
春 「先生」
渚 「何」
春 「動いていい?」
渚、頷く
すると春、渚を抱きしめてキスをする
春 「あなたに出会えてよかった。こんなに幸せな気持ちになれたのは初めてだ」
渚 「俺も死ぬほど君を愛しているよ」
キスをする
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・教室
台の上で抱き合っている二人
春 「先生っ……」
渚 「ぁっ……はる…名前、呼んで…っ…ん」
春 「隼人…」
渚 「あぁっ……はるっ…はる…んっ……あいしてる…」
春 「隼人…隼人っ……愛してるよ…」
渚 「はるっ……ぁっ…だめ…でちゃ、ぅ……あっ」
春 「僕、も……っ…ん…」
渚 「はる、はる……んっ…や…ぁっぁっ…ぁぁ───っ!」
春 「…っ……!…」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・教室
画板の前に座っている渚
渚 「ほら、ちゃんと元の位置に戻って?」
春 「こう?」
渚 「違う、もっとこっちで、手は──」
笑い合っている二人
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・自宅
朝の日差しがカーテンの隙間から入り込んでいる
春、ベッドに座って隣で眠っている渚を見ながら
スケッチをしている
渚 「ん……は、る…?」
春 「あー、だめ。もう少し」
渚 「なにが…?って!」
春 「だめだめ。もう少し寝ててください」
渚 「何描いてんだ!」
スケッチブックを取り上げる
春 「あーもう」
寝顔の描かれたスケッチを見て真っ赤になる渚
渚 「〜〜〜〜っ!」
春 「ほら、返してください。もう少しだけだから」
渚、無言で枕に顔を伏せる
春 「せーんせっ、ほら、こっち向いて?可愛い顔見せて?」
渚 「絶対やだ!」
春 「もう、先生は僕の寝顔何十枚も描いてるでしょー?」
渚 「……」
起き上がる渚
春 「あーん。意地悪…」
渚 「特別に寝起きの顔なら描かせてあげてもいい」
春 「はははっ、まぁそれも可愛いから許してあげましょう」
スケッチブックを捲り、新たに書き始める
春 「先生、涎がついてますよ」
渚 「うそ!?」
口元を拭う
春 「はははっ、嘘」
渚 「もう!」
笑っている二人
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・自宅
出来上がった絵を見ている渚
渚の笑顔の絵
渚 「はぁ……」
春 「気に入らないんですか?」
春、後ろから抱きかかえている
渚 「いや、君はやっぱり天才だな……」
春 「それはどうも。でもなんでそんなに落ち込むんですか?」
渚 「君は工芸専攻だろう…。それなのに俺は到底勝てそうもない…」
春 「僕も自分の才能を恨んでますよ」
渚 「もう、頑張るって決めたんだろ?」
春 「えぇ。でも今はただのあなたの恋人です」
渚 「はははっ」
キスをする
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・空港
売店でCarpentersのYesterday,Once Moreが流れている
荷物を持って搭乗口へ向かっている二人
渚 「忘れ物ない?トイレは?」
春 「先生。僕は子供じゃないんですから」
渚 「だって十二時間もかかるんだよ?」
春 「飛行機の中にもトイレはありますよ。それに忘れ物があるとすればあなたかな」
渚 「春…」
春 「まだもう少し、あなたは私の物ですよ」
春、抱きしめる
渚 「あぁ、君も俺の物だ」
春 「ねぇ、まだ間に合いますよ。僕の望む言葉を言ってはくれませんか?」
渚 「じゃあ君が言いなさい」
春 「先生…」
渚 「はははっ。お互い様だな。そうだ、今度の応募する賞。
発表は四月の十六日なんだ」
春 「えぇ、知ってますよ。あなたに関することで知らないことなんて何もないです」
渚 「あらそう。僕も君と早く肩を並べられるように頑張るよ」
渚を抱きしめる春
春 「あなたなら大丈夫」
渚 「うん」
渚M 「抱きしめられながら聞いた『大丈夫』の言葉が
やっぱりどこか懐かしくて、ずっと離したくなかったんだけど
時間は無情にも二人を別れさせる時間に近づいていく──」
渚 「なんかさ、搭乗口でこうしていると、ドラマチックだよね」
春 「先生そういうの好きなんですか?」
渚 「いや、別に好きとかそういうんじゃないけど…」
春 「なんならドラマチックに飛行機の中まで連れて行ってあげましょうか?」
渚 「はははっ、遠慮しておくよ」
春 「なんだ」
笑う二人
搭乗アナウンスが流れる
春の服を掴んで俯く渚
渚 「……」
春 「先生」
春、渚の頬に触れる
見上げる渚
春 「ずっとあの賞はあなたが受賞するべきだと思ってた。
でも今では僕が取ってよかったと思います」
渚 「どうして…?」
春 「あなたに会えたから」
力いっぱい抱きしめる春
春 「あぁ、今でも後悔しそうだ。『渚』をあの時いっそ壊してしまえばよかった」
渚 「俺はそんなことさせないよ」
春 「えぇ、あなた達はそっくりだ。僕を遠ざけようと必死になってる」
渚 「あっちで頑張って。今よりも素晴らしいものを沢山作って。
俺も頑張るから。きっと君に追いついてみせる」
春 「楽しみにしていますよ」
渚、腕から離れる
春 「……」
渚 「元気で」
手を差し出す渚
春 「えぇ。あなたも」
握手をする
渚M 「この手を離してしまえばもう二人は恋人同士ではなくなる。
あぁ、俺がもうすこし若ければ言えたのかもしれない。
彼ももう少し大人だったら、きっと返事もさせずに攫って行ってくれただろう。
でも違う。今の自分達だから出会えたんだ。
そう思うことできっとこの出会いはいい思い出になってくれる。
俺は彼に愛された。俺も彼を愛した。
二人は思い出になるんだ」
手を離す
春 「それじゃあ」
渚 「うん。気をつけて」
春 「さようなら」
渚 「さようなら」
背を向けて行ってしまう春
それを見て背を向ける渚
拳をぎゅっと握って涙を堪える
しかし堪えきれずに零れる涙
渚M 「泣くな、泣くな、泣くな」
後ろから抱きしめられる
渚 「……」
振り向いて抱きしめ、見上げてキスをする
渚 「春…っ」
春 「愛してる。さようなら」
もう一度キスをすると春、顔を見ずに去っていく
後姿を呆然と見ている渚
姿が見えなくなるとその場に座り込み泣く
渚 「っぅ……ずるいよ…っ…なんで……あんな…」
渚 「愛してる……っ…愛してる…愛してる…」
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・自宅
描き上げた作品を横に応募用紙に記名している渚
鮮やかな青空に裸の男性が描かれている
題のところに『春』と書く
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・教室
授業をしている
生徒の質問に答えている渚
渚M 「第一印象は最悪だった」
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・事務室
電話をしている渚
喜んでいる
渚M 「今度こそはと出した賞で、負けた男に恋をした」
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・受賞式典
一番奥の人が群がるところに渚の絵がある
最優秀賞、渚隼人と書いてある
それを遠くから見ている渚
渚M 「彼は今、どこでどうしているだろう。
元気にやっているのだろうか。
それならいい。
きっと彼は笑っているだろうから」
係員 「渚さん。お花が届いております」
渚 「え?あ、ありがとうございます」
花を受け取る
渚 「?」
カードを見つけ、それを見る
渚 「おめでとうございます……フロム、愛しいあなたの一番の親友…」
それを見て笑う
係員 「渚さん、授賞式が始まりますのでこちらへ」
渚 「はい」
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・授賞式
渚、笑ってマイク前に立っている
渚 「この絵を私の一番の親友へ送ります──」
インタビューを受けている渚
拍手が送られる
おわり
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