・展望台前

朝の空気の中、地面の濡れたところを見ながら箒を持って立っている一星(いっせい)
太陽の光が地面を照らすと蒸気が舞い上がってくる
その光景を見る

一星M「少し雪が降った後、雪は次第に雨になり、地面を一通り溶かした後、止んだ。
    その時の静けさと、寒さ。
    人はどこにもいなかった。
    雲間から差し込む太陽の光がこの冷たい地面を照らすと、
    アスファルトからは蒸気が立ち、なんとも不思議な空間を作り上げた」

一星、ふぅっと息を吐く

一星M「その白い空気の中、懐かしい、誰かを見た」

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・館内

一星M「星の博物館≠サう書かれた小さな建物の中で俺は働いている。
    中には星についての資料や、写真。メインは星降る場所を一望できる展望台。
    そしてもう一つ、プラネタリウムがある。四十人ほどが座れるプラネタリウムだ。
    何も無いこの小さな町の唯一の観光スポットでもあった」

一星M「ここで二年アルバイトをしている。
    だけど、こことの付き合いは生まれる前からで、
    館長は親父の友人だ。
    この場所は星が好きだった親父のお気に入りの場所だった。
    だから俺は生まれる前からずっとここを知っていた」

掲示板を見てぼーっとしている一星
受付の中から顔をだす河上(かわかみ)

河上 「いっせー。掃除ー」
一星 「あーはい」

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・プラネタリウム前廊下

一星M「八時を過ぎるとプラネタリウムと資料館は閉館する。
    俺はその後の掃除を任されていた」

一星の足音が響く
プラネタリウムのドアを開ける
モップと水の入ったバケツをプラネタリウムの中に入れると
一番前の席に誰ががいるのに気がつく

一星 (……誰か…いる…)

一星、モップを持ちながら声をかける

一星 「もう終わりましたよ」

一瞬驚きを見せる奏(かなた)

奏  「ごめんなさい」

走り去る奏

一星 「……」

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・フロント

フロントの外から声をかける一星

一星 「河上さーん。俺上がります」
河上 「あーはい。鍵かけた?」
一星 「はい。先に失礼します」
河上 「おー、お疲れ」

正面玄関まで歩き、ドアに手をかけて振り向く

一星 「そうだ、男の子、見ませんでした?」
河上 「んー?男の子?こっちには誰も来てないけど、なんかあった?」
一星 「や、それならいいっす」
河上 「ちょっとやめてよ、帰り際に怖いこと言うの」
一星 「大丈夫ですよ。結構可愛いかったから」
河上 「おい、そりゃないよ」
一星 「あはは」

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・館前

一星、原付に乗ってくる
館前に男性と館長がいるのに気がつく

男性 「よろしくお願いします」
館長 「何も無いところだけど悪いところじゃないから」
一星 (館長……と、誰だ?)

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・フロント

一星、裏口からフロントへ入ってくる

一星 「おはようございます」
河上 「おはよー」

フロントから館前を見ると奏を見つける

一星 「あっ」
河上 「ん?何?」
一星 「昨日の子だ」
河上 「昨日?あぁ、あの子だったの?」
一星 「そう。昨日プラネタリウム掃除しようとしたら、中にいて、声かけたら走っていっちゃって」
河上 「へー。なんか引っ越してきたんだって。良かった。幽霊じゃなくて」
一星 「ははは。でもこんな何もないとこにねー。しかもこの時期珍しいじゃないっすか」
河上 「うん、なんかねー、病気らしいよー」
一星 「病気?」
河上 「うん。さっ!時間無いよー、準備準備!」
一星 「あ、はい」
一星 (病気……)

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・フロント前

一星、鍵を持ってプラネタリウムへ行こうとする
奏  「あっ」

一星に気がついて頭を下げる奏

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・プラネタリウム裏

ドアが開くと館長が入ってくる

一星 「あ、館長」
館長 「今いいか」
一星 「はい」

一星M「その日の三回目の投影中、館長はあの男の子の話をした。
    治療のためにこの町へ来たそうだ。自然の中で治すってところだろう。
    この町は山に囲まれた所だから、時々そういう人たちが来る。
    ここに来ることも珍しくなかった」

館長 「お前の親父と同じ病気だよ」
一星 「……。………じゃあ」
館長 「いや、まだあの子は若い」

館長、一星の肩を叩くとそのまま出て行く

一星M「親父は俺が十五の時に死んだ。闘病も空しく、しかし眠るように。
    あの子が親父と同じ病気…。なんだか気が抜ける」

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・資料館〜プラネタリウム

資料館の鍵を閉め、プラネタリウムに向かう一星
遠くの方で足音が聞こえた後にドアが閉まる音がする

一星 「……」

プラネタリウムの前まで行くと一息つく
扉を開ける
バケツとモップを持って中に入る一星

一星 「プラネタリウムはもう見た?」

言いながらバケツを置き、モップを水に浸す

奏  「……」

一番前の席に座っている奏
一星に驚くが、黙ったまま一星を見ている
一星、床を拭き始める

奏  「…今日は挨拶に来ただけだから…」
一星 「そう。んじゃ、見る?」
奏  「え?」
一星 「ちょっと待ってて」

モップをバケツに入れて奥へ周る一星
館内の電気が消える

奏  「……」

天井を見上げる奏
一星、戻ってくると奏の隣へ座って天井を見上げる

一星 「この星はここから見える星なんだ」
奏  「この町から?全部?」
一星 「そう。この街から見れる星」
奏  「すごい…」

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・プラネタリウム

電気がつくと裏から出てくる一星

一星 「ごめん。もう九時だ。時間、大丈夫?」
奏  「うん。大丈夫。抜け出してきたから、きっと眠ってると思ってる」
一星 「え!?あはははっ、そうなの?じゃあちょっと待って、すぐ終わらせて送るから」
奏  「ふふふ」

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・館前

一星、原付を押してくる

一星 「ゴメンゴメン。はい」

ヘルメットを渡す

奏  「歩きたいな」
一星 「…そう?」

原付を押してそのまま歩き出す

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・路上

奏、空を見上げながら歩く

奏  「ほんとに星が凄い」
一星 「今日は雲出てるけどね、天の川だって見えるときもあるんだよ」
奏  「天の川!?前に住んでたところは星なんか見えなかった」
一星 「そうなの?俺この町から出たことねーからなぁ」
奏  「ずっとここに住んでるの?羨ましい」

笑う奏

一星M「彼の話し方には独特の特徴があった。
    とても静かに、流れるように話す。
    時々吸い込まれそうになる。そして、どうしても届かないような気がする。
    不思議な、話し方だった」

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・奏の家の前

門の前に立っている二人

奏  「ありがとう。あの……」
一星 「ん?」
奏  「また、行ってもいい?」
一星 「いいよ。待ってる。いつもあそこにいるからさ」

微笑む
一星、ヘルメットをかぶり、エンジンをかける

一星 「じゃあ」
奏  「あ、待って!」
一星 「ん?」

一瞬目線を逸らす奏

奏  「あの、名前…は?」
一星 「一星。一つの星って書いて、一星」

微笑む奏

奏  「僕は奏(かなた)。奏でるって書いて奏」

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・館前

館前で箒を持って立っている一星

一星M「それから奏は毎日のようにここに来た。
    俺達は決まって閉館したあとのプラネタリウムで会った。
    お互い学校が終わった後にここへ来る。
    館長もそのことを知っていて何もいわなかった。

    冬の終わりの気配を見せ始めた三月の初め、正面玄関の掃除をしていると
    あの時と同じ現象を見た。
    
    珍しく雪が降ったと思った後、雪は雨に変わり、少しして止んだ。
    雲間から現れた太陽は地面を照らし、雨水は蒸気へと姿を変えて、また空へ上っていく。
    あの時と同じ。
    俺は息を吐き出すと目の前が白く霞む」

箒を脇に挟んで両手をこすり合わせる
ポケットの中の携帯が震える

一星 (奏からだ…)
一星 「もしもし」
母親 『一星くん?』

一星M「その声は奏では無く、奏の母親だった」

母親 『奏がね、体調崩したのよ。いつもの発作なんだけど、あなたの名前をずっと呼んでいるの。
    よかったら来てやってくれないかしら』

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・館内

フロント前にいた館長を見つける

一星 「館長!」

一星M「俺は電話を切ったあと、フロントに居た館長に事情を話し、病院へ向かった」

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・病室

ベッドで眠っている奏

一星M「病室に入るとそこは個室で、奏のベッドの傍には母親が居た」

母親 「ごめんなさいね、お仕事中だったのに」
一星 「いえ」
母親 「私、少し外にいるから」

母親、病室から出て行く
ベッドの傍の椅子に座る一星

奏  「すー……すー……」
一星 「…」

一星、閉まっているカーテンを開ける
日差しが奏にあたる

奏  「ん…」
一星 「あ、ごめん、起こしちゃったか…」

カーテンを閉めようとする

奏  「ううん。開けてて」

微笑む奏

一星 「……大丈夫なのか?」
奏  「うん。よくある事なんだ。最近はそうでもなかったんだけど」

一星M「前から細かった体が、また細くなったような気がする。
    この光景を見ると親父を思い出す。親父もこうだった」

目線を逸らす一星を見て不思議な顔をする奏

奏  「どうしたの?」
一星 「あ、いや、なんでもない」
奏  「ここからは、星が見えないんだ。早くあの高台に行きたいよ」

窓の外を見る奏

一星 「…。早くよくなってさ、そしたら、何度でも行けるだろ?」
奏  「うん」

一星M「さっきまで笑っていた顔が、最後だけ何故だか悲しそうだった。
    窓の外の、どこか遠くを見て、悲しそうに、ただ頷いて言った」

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・プラネタリウム

プラネタリウムの一番前の席に座って話をしている奏
掃除をしながら聞いている一星

一星M「だけどそれから二日後に、奏は退院した。
    いつものように、俺は掃除をしていて、それを待ちながら奏は一番前の席に座って
    なんでもない話をする。
    学校の話とか、友達の話とか、いろんな他愛も無い話。
    大抵それを俺は聞く役をする。奏は楽しそうに話す」

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・正面玄関

扉を開けて外に出る二人
雪が降っている

一星 「なに、降ってきたの」
奏  「星が降ってるみたい…」

奏、空を見上げる

一星M「言葉通りだった。空には一面に広がる星、雲ひとつ無い。
    それなのに、雪が降っている。
    星が降る。
    その言葉通りの現象。
    雪が星のように見え、降り続く。
    雲ひとつ無い空から、星が降っていた」

一星 「どうなってんの…」

一星、空を見上げて不可解な顔をする

一星M「呟いた瞬間、どうしようもない懐かしさに襲われる。
    俺がこれを見たのは初めてじゃない。一度この場面を見たことがある。
    だけど目の前にいるのは奏じゃない」

父親 『父さんもうすぐ星になるんだ』

一星M「あの時いたのは」

一星 『は?何言ってんの』

一星M「親父だ」

父親 『もうすぐあの中の一つになるんだよ』
一星 『……』
父親 『ずっとあそこにいるからさ』
一星 『…何言ってんだよ!星になんかなるわけないだろっ!』
父親 『はははっ。ほら、一星。星が降ってきた…』

一星M「あの時、俺は降り続く星に吸い込まれて薄くなっていく親父を見た。
    叫んでもどうしても届かなくて、気が着いたらベッドの上にいて
    もう親父は居なかった。
    母さんは「眠るようだった」と言っていた。
    あの時のことは夢だと思っていたんだ」

一星M「これも…夢…?」

一星、奏を見る

一星 「奏…」
奏  「ん?」

奏の手を掴む

奏  「一星?どうしたの?」
一星 「……」

一星M「奏は不思議そうな顔をして俺を見ている。
    だけど俺は答えられなかった。
    ただ、早く止んでくれ。そう祈った。
    親父を連れて行ったあの星が、また奏を連れて行くんじゃないかと、
    ただただ、怖かった」

空を見上げる奏

奏  「一星」
一星 「何…」

一星M「俺が奏を見たとき、奏は空を見上げていた。星降る空を」

奏  「僕、もうすぐ星になる」
一星 「え…?」
奏  「この星の中の一つになる」
一星 「おい…」
奏  「ずっと」
一星 「それ以上言うな!」

奏を抱きしめる一星

一星M「親父と同じように言う。あの時の夢と同じように。
    これも夢?また目が覚めると奏は居なくなる?
    どうすればいいんだ。ただこの光景を見ていることしか…
    できないのか」

一星 「奏っ…奏!」

抱きしめる

一星M「この腕で、抱きしめることしかできない…
    ただ、消えないようにそっと…
    強く、強く」

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・プラネタリウム

モップとバケツを持って扉を開ける一星

一星M「いつものように、一番前の席に見える奏の姿」

一星 「奏」

一星、奏の傍に行き、眠っている奏の幸せそうな表情を見て微笑む

一星M「奏は幸せそうに、眠っている」









おわり