・風呂(夜)

輝夜 「相変わらず力加減が分かっていないのだな」

輝夜(かぐや)、椅子に座って呆れている
輝夜の背中を洗っている那智(なち)

那智M「輝夜が帰って来た」

那智 「だったら自分で…」
輝夜 「あの言葉は嘘だったのか?」

那智 『風呂も一緒に入って、全部俺が洗ってやる』

那智 「っく…」

那智、悔しそうな顔をする
輝夜、笑う

那智 「お前が俺に変な魔法かけるから……」

那智M「あの時、輝夜は俺の二ヶ月間の記憶を消して月へ帰った──」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・教室(朝)(回想)

達弘(たつひろ)、那智、椅子に座って話している

達弘 「もう会えないんだったら、思い出だけでも持ってたっていいじゃねぇか……」
那智 「達弘……」
達弘 「こうなったのが輝夜の最後の優しさなのかもしれない。
    でもこんなの俺悲しいよ……。那智があいついないのに、なんでもない顔して過ごしてるなんて。
    輝夜と過ごしたあの二ヶ月は何だったんだよ……」
那智 「……」

那智M「どうしてだか、達弘だけは輝夜のことをはっきり覚えていて、
    あいつはずっと俺に輝夜を思い出させようとしてくれていた」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・竹やぶ(夜中)(回想)

那智の背丈ほど伸びた切れた竹の横に輝夜が立っている
振り向いて微笑む輝夜

那智 「輝夜っ」

那智、輝夜目掛けて走っていく

輝夜 「那智」

輝夜、那智を抱きしめる
那智、腕の中で泣いている

那智 「お前また…俺に変な…」
輝夜 「思い出してくれたのだな」
那智 「え?」

那智、泣きながら輝夜を見上げる

輝夜 「よかった…」

輝夜、那智をぎゅっと抱きしめる

那智 「輝夜…?」

那智M「だけど十五夜の月の下、初めて出会った場所で俺達はまた会えた。俺の記憶も戻ってきた」

輝夜 「賭けだったのだ。そなたが私を思い出さなければもうここに戻ることは絶対に出来なかった」
那智 「じゃあなんで記憶消したりしたんだよ…」
輝夜 「本当は戻れないと思っていたのだ。そなたを悲しませたくなかったからな」
那智 「え…っ…やだよそんなの……」

那智、輝夜の胸に顔を埋めて泣く

輝夜 「ふふ、もう大丈夫」

輝夜、那智を離すと顔を上げさせる

那智 「……」
輝夜 「私は月の皇帝となった」

輝夜、そのままキスをしようとする

那智 「えぇっ!?」

那智、輝夜を押し離す

輝夜 「むっ…いいところだったのに…」

剥れる輝夜

那智 「ど、ど、ど、どういうことっ!?」
輝夜 「だから皇帝となった。私が王だ」

那智の大声に顔をしかめる輝夜

那智 「お前がっ!?」
輝夜 「そなた…私を誰だと思っている?それに私が連れ戻された理由をちゃんと理解していなかったのか…?」

呆れる輝夜

那智 「だって…そんな急に……っつかお前が王様になったりしちゃ月が大変なことになるんじゃ…」
輝夜 「失礼な。私を何だと思っている」

輝夜、少し怒っている

那智 「でも…王様になったんなら尚更ここにいれないはずじゃないのか…?」

心配そうに見上げる那智
その表情を見て微笑む輝夜

輝夜 「皇帝になったからこそここに帰ってこれたのだ。もう誰にも文句は言わせない」

輝夜、那智にキスをする

那智 「っ……ん…輝夜…」
輝夜 「…本当は少し怖かった」

輝夜、悲しげに微笑む

那智 「怖い…?」
輝夜 「そなたが本当に私を忘れてしまったかと思うと…」
那智 「……」

那智、輝夜の頬に手を伸ばす
輝夜、その手に手を重ねる

輝夜 「あの時のまじないは私のすべてをかけたものだ。簡単に解けるものではなかった」
那智 「……」
輝夜 「翁はこの様な気持ちだったのだろうな…」
那智 「ごめんな」
輝夜 「…どうしてそなたが謝るのだ」
那智 「お前のこと守るって言ったのに。出来なかった」
輝夜 「それは」
那智 「ううん。俺は輝夜のこと悲しませたりなんか絶対しないって思ってたんだ」
輝夜 「那智…」

輝夜、那智の言葉に驚く

那智 「輝夜は一人で悲しんでたのに、俺は何にも思いもしないで普通に生活してた。
    嫌だったよな?ほんとにごめん」
輝夜 「……」
那智 「思い出せたのも達弘のお陰だ。俺一人だったらどうなってたかわからない…」

那智、輝夜の胸に顔を埋めて声が震えている

那智 「今になって怖くなってきた……俺そんな気持ちで生きてられない…」

泣きながら輝夜を見上げる那智
輝夜、それを見て微笑む

輝夜 「泣くな。そなたにしては真っ直ぐな言葉だな」
那智 「だって……こんな気持ちで輝夜は一ヶ月もいたんだよな…?」
輝夜 「あぁそうだ」
那智 「ごめん……っ…ぅぅ……」

輝夜、那智の瞳から零れる涙を拭う

輝夜 「帰って来たというのに」
那智 「うん…もうずっと一緒だろ…?」
輝夜 「…残念だがそうともいかない」

輝夜、悲しげに俯く

那智 「え…?」

那智、心配そうに輝夜を見る

輝夜 「言ったであろう。私は皇帝になったのだ。仕事をせねばならん」
那智 「じゃあ……じゃあやっぱり月に帰るんじゃないか…嘘つきっ!」

那智、輝夜の胸を叩く

輝夜 「悲しいことだが時々帰らなければいけないのだ」
那智 「え?時々?」

那智、きょとんとする

輝夜 「あぁ」

輝夜、那智を見て笑う

輝夜 「時々だ」
那智 「時々ってどのくらいだよ…?」
輝夜 「んー…。まぁ一時間かそこらでいいんじゃないか…?」
那智 「一時間ッ!?」

那智、大声を上げる

有明 「何を仰いますか!」

突然有明(ありあけ)が姿を現す

那智 「うわっ!!だ、だれ!?」

那智、驚いて輝夜に抱きつく

輝夜 「貴様ついてきたのか」

輝夜、呆れる

有明 「これはこれは那智様。私、輝夜様の御付をさせていただいています。有明と申します」

那智にお辞儀をする有明

那智 「は、はぁ…」
輝夜 「なんだ、お前に用は無い。さっさと帰って父上の傍にでも座っていろ」
有明 「そうはいきません!私は輝夜様の御付ですので」
輝夜 「今はお前に仕事など無い。帰れ」
有明 「ですから!」
輝夜 「あぁ、分かった」

輝夜、呆れる

輝夜 「時々帰るから今は帰れ」

輝夜、手で追い払う真似をする

有明 「しかし一時間などでは済みませんよっ!」

有明、困っている

輝夜 「うるさい奴だな。…二時間にしてやる」
有明 「輝夜様!」
那智 「輝夜…あの…」
輝夜 「あぁ、なんだ?」

輝夜、那智には優しい顔をする

那智 「何となく分かったからさ…帰って来てくれるんなら俺待ってるよ」
輝夜 「え?」
那智 「だから仕事はちゃんとしろよ。じゃないと月が無くなっちゃうよ…」
有明 「那智様っ!なんとご理解のある方でしょう…」

有明、涙目で那智を見る

那智 「あ、あの、俺は那智でいいです…様とか…その」
有明 「いいえ。そのような恐れ多い…」
那智 「……。な、輝夜。ちゃんと仕事…」

那智、輝夜を見上げると輝夜、拗ねている

那智 「輝夜」

那智、呆れる

輝夜 「私はそなたと片時も離れたくないというのに」
那智 「ホントにお前が皇帝とかなって大丈夫なのか…?」
輝夜 「好きでなったわけではない」
那智 「もう…。輝夜も学校だと思えばいいじゃん」
輝夜 「学校?」
那智 「俺が学校行ってる間、お前一人だろ?それと一緒。
    俺もお前が月で仕事してる間はちゃんと待ってる。だからおあいこ。そう思ったら寂しくない」

那智、笑う

輝夜 「うーん…」
那智 「な?」
輝夜 「…分かった」
有明 「輝夜様…」

嬉しそうに輝夜を見ている有明

輝夜 「ちゃんと月には帰る。しかし用があるまでお前は来なくていい!」
有明 「……必ず帰って来てくれるとお約束してくださいますか?」
輝夜 「……」

輝夜、那智を見る

那智 「輝夜」
輝夜 「分かった。約束する」
有明 「分かりました。では私は帰ります。十六夜(いざよい)様にきちんとご報告して参りますね」

有明、微笑むと消える

那智 「うわっ!消えた……」
輝夜 「はぁ…。面倒だ…」
那智 「なぁ、十六夜って誰?」
輝夜 「父だ」
那智 「へぇ……怖いんだっけ…?見てみたい…」
輝夜 「見なくてよい。しかしせっかくのいい雰囲気が台無しだな」

輝夜、額を押さえる

那智 「はははっ、いっつもこんなだったろ」

那智、笑うと踵を返して歩き出す

輝夜 「那智?」
那智 「ほら、帰ろう?」

那智、振り返って手を出す

輝夜 「ふっ」

輝夜、笑うと手を取る

輝夜 「そうだな」

手を繋ぎ、笑い合って歩き出す二人

那智M「こうして輝夜はまた俺と一緒にいられることになった」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・風呂(夜)

湯船に浸かっている二人
輝夜が那智を後ろから抱きかかえている

那智 「なー。どうして達弘は覚えてたんだろうな?母さんも父さんも皆忘れてたのに」
輝夜 「さぁな。私はすべて消して行ったのだが」
那智 「もしかして達弘お前のこと好きなんじゃ…」
輝夜 「なに?」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・達弘宅(夜)

達弘 「ハックションッ!!」

くしゃみをする達弘

達弘 「な、なんだ……寒気が…」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・風呂(夜)

輝夜 「あいつはそなたのことを好いているのではないのか?」
那智 「えぇ?それは友達としてだろ」
輝夜 「……あいつも可哀想な奴だな」
那智 「え?なに?」
輝夜 「いや、なんでもない」

輝夜、那智を抱き寄せる

那智 「じゃあさ、輝夜の魔法がすぐ解けちゃうのはお前がへっぽこだから?」
輝夜 「相変わらず失礼な奴だなそなたは」

輝夜、剥れる

那智 「だって二回とも解けちゃってんじゃん」
輝夜 「まぁ確かに以前の私は力が弱まっていたからな。それにこっちではちゃんと力が発揮できないのだ」
那智 「へぇ…」
輝夜 「今は何でもできるぞ?記憶を取り戻すと同時に力も戻ったし、それに今は皇帝の力がある」
那智 「皇帝の力?」
輝夜 「代々受け継がれる力だ。この力のせいで私は父上には敵わなかった」
那智 「なんか…」
輝夜 「ん?」
那智 「ずるいな…俺も魔法使ってみたい…」

羨ましそうに輝夜を見る那智

輝夜 「はははっ。それは無理なことだが、そなたには特別な力があるではないか」
那智 「え?特別な力…?」
輝夜 「私のまじないを解いたのは、何よりもそなたが私を思う愛の力だ」

輝夜、意地悪く笑いながら那智を振り向かせる

那智 「〜〜〜っ」
輝夜 「違うのか?」
那智 「うぅ……知らんっ!」

那智、そっぽを向く

輝夜 「ふっ。そなたは相変わらず可愛いな」

輝夜、那智をこちらに向かせてキスをする

那智 「んっ……」
輝夜 「那智…」

輝夜、那智の耳元で囁く

輝夜 「そなたにまじないをかけてやろう」
那智 「え……?」
輝夜 「最高に気持ちよくなれるまじないだ」

輝夜、ふっと笑う

那智 「ななな!何言ってんだよッ!!」

那智、輝夜を押しのけようとする
輝夜、それを笑いながら見ている

那智 「お、お前そんなことしたら絶対許さねぇからなッ!!俺に魔法かけたら追い出す!!」
輝夜 「はははっ、分かった分かった」

輝夜、笑っている

那智 「っつーかさっきから背中に当たってるもんをどうにかしろ!」

那智、真っ赤になっている

輝夜 「そなたがどうにかしてくれ」

輝夜、那智を抱き寄せてキスをする

那智 「や、やだ!ってちょっと……あぁっ…かぐやっ…」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・月

微笑みながら空に浮かぶ地球を見ている有明

十六夜「何をにやにやしているのだ。気持ち悪い」

漆黒の髪が長く、冷たそうな目をしているが輝夜よりも線が細く
とても綺麗な顔をしていて薄い黄色の着物を着た十六夜が後ろにいる

有明 「えっ?あ、十六夜様」

有明、十六夜を見て微笑む

有明 「輝夜様は上手くいっているようですよ」

嬉しそうにしている有明を見て、呆れる十六夜

十六夜「お前があいつのまじないを解いていたのだろう。馬鹿らしい」
有明 「えっ!いや!あの……」

焦る有明

十六夜「お前はいつまで経ってもあいつに囚われているんだな」

十六夜、言い捨てると去っていく

有明 「十六夜様っ」
十六夜「……」

有明の声に振り返りもしない十六夜

有明 「……」

悲しげに俯く有明

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・自室(夜)

ベッドに寄り添って寝ている那智と輝夜

輝夜 「この境界線は剥がさないのか?もう意味が無いぞ」
那智 「だってなんか剥がせないんだよ」
輝夜 「何故だ。こんなものこうやって」

輝夜、シーツに貼ってあるテープを剥がそうとする

那智 「あぁっ!こら!やめろ!」
輝夜 「?」
那智 「……だって…思い出だから」

那智、目線を逸らす

輝夜 「ふっ、こんなもの無くとも私はもうそなたから離れはしない」

輝夜、那智にキスをする

那智 「うん…」

笑い合う二人
くっついて目を閉じる

那智M「久しぶりに埋めた輝夜の体からはやっぱりいい匂いがして、暖かくて…。
    優しく囁く声に俺はどうしようも無く安心した。
    もうずっと離れたくないって思う──」

窓からは空に輝く満月が見える

那智M「生きる時間が違う俺達にいつか訪れるであろう別れのとき、俺はそのまま月へ連れて行って欲しいと思う。
    その時の俺はどうしようもないお爺さんになってるかもしれないけど、翁のように、優しく見守っていてあげるから」

那智M「その時は、永遠の時をもう一度……」









おわり